『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ

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第11話 届かない言葉

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第11話 届かない言葉

 その日、バルタザール・フォン・クロイツは、ひとつの決意を胸に王宮を後にした。
 理解が遅れたことは認めざるを得ない。だが、理解した以上、何もしないという選択肢はない――そう、自分に言い聞かせて。

 馬車の揺れの中で、彼は何度も言葉を組み立てては壊した。
 謝罪。説明。釈明。
 どれも違う気がする。どれも、正解ではない。

 「……まずは、話すべきだ」

 独り言のように呟き、視線を窓の外へ向ける。
 ヴァルデン伯爵邸へ向かう道は、見慣れているはずなのに、今日はやけに遠く感じられた。

 屋敷の門前に着くと、以前と変わらぬ佇まいが彼を迎えた。
 整えられた庭。静かな空気。
 だが、歓迎の気配はない。

 「クロイツ家当主、バルタザール・フォン・クロイツだ。伯爵令嬢に取り次いでほしい」

 門番は一礼したが、その表情は硬い。

 「恐れ入りますが、お嬢様はご面会なさらないとのことです」

 予想していた答えだった。
 それでも、胸の奥に小さな苛立ちが芽生える。

 「今日は、私的な用件ではない。正式な謝罪と――」

 「申し訳ありません」

 門番は、言葉を重ねなかった。
 それ以上、進ませる気はないと、はっきり伝える態度だった。

 バルタザールは、しばらく黙って門を見つめ、それからゆっくりと踵を返した。
 追い返されたわけではない。ただ、受け取られなかった。

 ――言葉が、届かない。

 馬車に戻る途中、胸の奥で何かが軋む。
 怒りではない。悔しさでもない。

 不安だ。

 「……書状なら、どうだ」

 王宮へ戻るや否や、彼は執務室に入り、ペンを取った。
 慎重に言葉を選び、何度も書き直す。

 夜会での一方的な宣告。
 自分の傲慢さ。
 そして、彼女が担っていた役割への、遅すぎる理解。

 書き終えた文面は、丁寧で、誠実で、非の打ちどころがない。
 少なくとも、彼自身はそう思った。

 「……これなら」

 封をし、使いを呼ぶ。
 だが、数刻後、返ってきた報告は短かった。

 「未開封のまま、返送されました」

 その言葉を聞いた瞬間、バルタザールは言葉を失った。

 未開封。
 つまり――読まれてすらいない。

 机に手をつき、深く息を吐く。
 胸の奥が、ひどく冷える。

 「……なぜだ」

 謝っている。
 理解したと伝えようとしている。

 それでも、届かない。

 一方その頃、コルネリア・フォン・ヴァルデンは、穏やかな午後を過ごしていた。
 書斎で資料に目を通し、必要な指示を簡潔に出す。
 屋敷の空気は落ち着いており、無駄な緊張がない。

 「お嬢様、クロイツ家からの書状ですが」

 執事が、差し出した封筒を示す。

 「お戻しください」

 彼女は、視線すら向けなかった。

 「未開封のままで?」

 「ええ」

 それ以上の説明はない。
 執事は深く一礼し、封筒を持って下がった。

 コルネリアは、胸の奥に生じたわずかな波を、すぐに鎮めた。

 ――今さら、何を話すというのだろう。

 理解した、と言われても。
 後悔している、と告げられても。

 それが、彼女の時間を取り戻すわけではない。

 「終わった関係に、言葉は要らない」

 静かにそう呟き、再び資料へと視線を戻す。
 今、彼女が向き合うべきは、自分の選択と未来だけだ。

 夕刻、王宮では別の噂が立ち始めていた。

 「クロイツ卿、ヴァルデン伯爵令嬢に謝罪を拒まれたらしい」
 「完全に距離を置かれているそうだ」
 「円満解消、という話ではなかったのか?」

 その囁きは、じわじわと広がる。
 同情ではない。興味本位の視線だ。

 バルタザールは、それらを耳にしながら、何も言い返せなかった。
 否定する言葉を、持たない。

 夜、執務室で一人になる。
 机の上には、返送された封筒が置かれていた。

 彼は、それをしばらく見つめ、やがて引き出しにしまった。

 「……遅すぎた、か」

 呟きは、空気に溶けて消える。

 理解はした。
 だが、理解したからといって、関係が戻るわけではない。

 その当たり前の事実を、
 彼はようやく、身をもって知り始めていた。

 届かない言葉は、
 謝罪としても、後悔としても、
 もはや意味を持たない。

 それが、彼に突きつけられた現実だった。
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