『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ

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第37話 失敗を許す構造

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第37話 失敗を許す構造

 王都に、久しぶりに「失敗」という言葉が持ち込まれた。
 それは大きな事故でも、不祥事でもない。だが、はっきりとした判断ミスだった。

 市場整備計画――
 動線変更の一部が、想定以上に来客の流れを分断してしまったのだ。

 「……数字が、落ちています」

 報告書を手にした担当者の声は、硬かった。

 「原因は、こちらの判断です」

 責任者は、逃げなかった。
 言い訳も、環境のせいにもしていない。

 「朝のピーク時の流れを、過小評価していました」

 会議室に、重い沈黙が落ちる。

 以前なら、この時点で空気は変わっていただろう。
 誰の責任か。
 誰が謝るか。
 誰が矢面に立つか。

 だが今は、違う。

 バルタザール・フォン・クロイツは、報告書を机に置き、静かに問いかけた。

 「判断基準には、何が足りませんでしたか」

 責める声ではない。
 次に繋げるための問いだった。

 責任者は、少し考えてから答える。

 「時間帯別の流量を、基準に明記していませんでした」

 「つまり?」

 「判断は独りよがりでした。基準に戻れていなかった」

 誰かが、小さく息を吐く。

 失敗は、確かに失敗だ。
 だが、それ以上でも以下でもない。

 「では、修正案を」

 バルタザールの言葉に、責任者は頷いた。

 「動線を一部戻し、時間帯ごとに可変対応にします。説明は、今夜中に行います」

 判断は速い。
 だが、焦っていない。

 その場で、修正は承認された。

 午後、現場ではすぐに対応が始まった。
 仮設柵の移動。案内表示の変更。
 住民への説明。

 「失敗だったんだろ?」

 通りすがりの商人が、率直に言う。

 「はい」

 責任者は、そう答えた。

 「でも、すぐ直します」

 言い訳はしない。
 だが、逃げもしない。

 夕刻、コルネリア・フォン・ヴァルデンの屋敷に、一通の書簡が届いた。
 市場整備での判断ミスと、その修正について。

 彼女は、内容を読み終え、しばらく沈黙した。

 「……報告が、早いですね」

 それは、評価だった。

 彼女は、短く返書を書く。

 ――修正判断は妥当です。
 ――失敗を、記録してください。
 ――基準の不足点も、必ず残してください。

 いつもと同じ文面。
 だが、その裏には、はっきりとした肯定があった。

 失敗は、起きる。
 問題は、その失敗がどう扱われるかだ。

 夜、王宮の執務室で、バルタザールは一人、報告書を見直していた。
 失敗の記録。修正の記録。判断の理由。

 どれも、隠されていない。

 「……怒鳴る必要は、どこにもなかったな」

 かつての自分なら、
 失敗を恐れ、
 責任を避け、
 判断を遅らせていただろう。

 今は、違う。

 失敗しても、
 壊れない構造がある。

 それは、コルネリアが作ったものだ。

 夜更け、コルネリアは書斎で、一日の記録を閉じた。
 市場整備の件は、数行で済む。

 「……許される失敗」

 小さく、呟く。

 失敗を許すとは、甘やかすことではない。
 失敗を使える状態にすることだ。

 隠さず、
 歪めず、
 次に繋げる。

 そのための構造が、今、確かに機能している。

 王都の夜は、静かだ。
 市場の灯りも、いつも通り。

 今日の失敗は、
 明日の判断を、少しだけ賢くする。

 そして誰も、
 その失敗の名を、
 長く覚えてはいないだろう。

 だが――
 失敗を許した構造は、
 確実に、ここに残っている。

 コルネリア・フォン・ヴァルデンが残したものは、
 成功だけではない。

 失敗すら、前に進ませる――
 静かで、強い仕組みだった。
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