『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』

ふわふわ

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第40話 それでも、街は続く

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第40話 それでも、街は続く

 王都は、いつも通りの朝を迎えていた。
 鐘が鳴り、商人が店を開け、子どもたちが石畳を駆けていく。
 水路には澄んだ水が流れ、誰も足を止めて見上げることはない。

 それが、すべてだった。

 かつては議題になり、問題視され、緊張の種だった水路も、市場も、今では「あるのが当たり前」の風景に溶け込んでいる。
 人は、うまくいった仕組みほど意識しない。

 だが、その無意識の中にこそ、完成があった。

 王宮の執務棟で、定例会議が静かに終わる。
 報告は短く、結論は明確だ。

 「特段の問題なし」
 「現場判断で対応済み」
 「次回報告は通常通り」

 それ以上の言葉は、必要なかった。

 バルタザール・フォン・クロイツは、書類を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
 誰かが彼に声をかける。

 「最近、随分と落ち着きましたね」

 彼は少し考え、答えた。

 「ええ。判断が、ちゃんと続いているからでしょう」

 誰の判断か、とは言わない。
 もう、その問い自体が不要だった。

 昼過ぎ、王都の一角で小さな判断が下される。
 補修工事の順番を入れ替える。
 影響は軽微だが、理由は記録される。

 誰も上を見ない。
 誰も名を探さない。

 それでも、迷いはない。

 屋敷の庭で、コルネリア・フォン・ヴァルデンは静かに紅茶を飲んでいた。
 執務書類は、今日は一枚も広げていない。

 代わりに、風の音を聞き、木々の揺れを眺めている。

 「……続いていますね」

 それは、確認でも自慢でもない。
 ただの事実だ。

 判断は、もう彼女の手を離れている。
 だが、失われてはいない。

 選び方が残り、
 迷い方が残り、
 失敗の扱い方が残った。

 それで十分だった。

 夕刻、市場では人々が行き交い、商人が声を張り上げる。
 整備された通路を、誰も意識せずに歩いていく。

 「歩きやすくなったな」

 誰かがそう呟くが、
 それ以上は語られない。

 夜、王都の灯りが一つずつともり、街は穏やかに息づく。
 会議もなく、緊急報告もない。

 それでも、街は止まらない。

 同じ夜、バルタザールは自室で、一日の記録を閉じた。
 最後の一行には、こうだけ書かれている。

 ――本日も、判断は滞りなく実施された

 主語はない。
 だが、それでいい。

 屋敷の窓辺で、コルネリアは夜空を見上げていた。
 星は控えめに瞬き、月は静かに街を照らしている。

 「……それでも、街は続く」

 小さく、そう呟く。

 誰かが前に立たなくても。
 誰かの名が呼ばれなくても。
 誰かの物語として語られなくても。

 判断が続き、
 責任が引き受けられ、
 問いが忘れられなければ。

 街は、きちんと続いていく。

 コルネリア・フォン・ヴァルデンは、
 英雄にならなかった。
 支配者にも、象徴にもならなかった。

 ただ、
 正しく手を離し、
 正しく消え、
 正しく残した。

 それだけだ。

 だがその結果、
 王都は今日も、何事もなく息をし、
 明日へと歩き続ける。

 拍手もなく、
 称賛もなく、
 名を刻む碑もない。

 それでも――
 それでも、街は続く。

 それこそが、
 彼女が残した、
 ただ一つの結末だった。
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