25 / 31
第25話 前例になるという覚悟
しおりを挟む
第25話 前例になるという覚悟
静かな朝だった。
だが、静かすぎる朝でもあった。
「……公式会合の要請です」
補佐役が差し出した文書には、
これまでとは違う重みがあった。
「差出人は?」
「七カ国連名。
宗教都市、学術連盟、
そして――グランディア王国も含まれています」
カグラは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
(ついに、
“扱いづらい存在”として
放置できなくなりましたのね)
文書の要点は、簡潔だった。
> 「サクラ共同体の立ち位置を、
明文化したい」
> 「世界秩序における、
“前例”として扱う可能性がある」
「……制度化、ですか」
国王が、低く呟く。
「ええ」
カグラは頷く。
「ですが、
これは“囲い込み”とは
少し違います」
「どう違う?」
「縛りたいのではなく、
定義したい」
定義されるということは、
理解されるということでもある。
だが同時に――
逸脱が許されなくなる。
昼。
共同体の代表者たちが集まった。
「前例になる、というのは……」
医療担当が言い淀む。
「誰かの逃げ道を、
作ることにもなります」
「同時に」
交易担当が続ける。
「次に現れる“似た存在”が、
比較される基準にもなる」
沈黙。
カグラは、ゆっくりと口を開いた。
「前例になる、ということは」
一拍。
「失敗できない、
ということではありません」
視線が集まる。
「失敗した場合――
“そういう前例もある”と
残るだけです」
「完璧な像を作れば、
誰も辿れません」
「不完全で、
揺れていて、
それでも立ち直る」
「それこそが、
現実的な前例です」
国王が、腕を組んだ。
「……随分と、
覚悟が重いな」
「ええ」
カグラは、はっきり答えた。
「ですが、
これを拒めば――」
視線を落とす。
「私たちは、
“特例”として
消費され続けます」
便利で、
都合のいい、
例外。
それは、
最も潰しやすい立場だった。
「会合には、
行きます」
カグラは、結論を出した。
「ただし、
条件があります」
数日後。
中立都市に設けられた、
円卓の会場。
七つの勢力の代表が並ぶ。
誰も、剣を帯びていない。
だが、言葉は刃だ。
「まず、確認したい」
学術連盟の代表が言う。
「貴方方は、
国家でも、
同盟でもない」
「はい」
「だが、
国際秩序に影響を与えている」
「ええ」
「ならば、
何と定義すべきか」
カグラは、少しだけ考えた。
そして、答える。
「未確定領域です」
ざわめき。
「制度でも、
空白でもありません」
「“選択が、
固定されていない場所”」
宗教都市の代表が、眉をひそめる。
「不安定すぎる」
「ええ」
カグラは、否定しない。
「ですが、
世界に必要なのは」
一拍。
「安定だけでは、
ありません」
静寂。
「制度は、
人を守ります」
「同時に、
人を押し潰します」
「未確定領域は、
危険です」
「ですが、
逃げ場になります」
誰も、すぐには言い返せなかった。
最後に、
グランディア王国の代表が言う。
「……前例として、
認めるなら」
「その揺らぎも、
含めて、ということか」
「はい」
カグラは、はっきりと頷いた。
「美しくない前例です」
「ですが――
現実的です」
会合は、即答を出さなかった。
だが、
一つだけ決まったことがある。
サクラ共同体は、
排除されなかった。
囲い込まれもしなかった。
代わりに――
“前例候補”として、
棚に置かれた。
夜。
焚き火の前で、
若者が不安そうに言う。
「俺たち、
重いもの背負ったんじゃ……」
カグラは、少し笑った。
「ええ」
「でも――」
炎を見る。
「背負わされる前に、
自分で持ち上げました」
前例になるということは、
矢面に立つということ。
だが同時に――
次に来る誰かの、
盾になるということだった。
サクラ共同体は、
もう逃げ場ではない。
だが、
行き止まりでもない。
世界が、
どう扱うかを
決めあぐねている今。
彼女たちは、
静かに、
しかし確実に――
歴史の書き方そのものを
変え始めていた。
静かな朝だった。
だが、静かすぎる朝でもあった。
「……公式会合の要請です」
補佐役が差し出した文書には、
これまでとは違う重みがあった。
「差出人は?」
「七カ国連名。
宗教都市、学術連盟、
そして――グランディア王国も含まれています」
カグラは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
(ついに、
“扱いづらい存在”として
放置できなくなりましたのね)
文書の要点は、簡潔だった。
> 「サクラ共同体の立ち位置を、
明文化したい」
> 「世界秩序における、
“前例”として扱う可能性がある」
「……制度化、ですか」
国王が、低く呟く。
「ええ」
カグラは頷く。
「ですが、
これは“囲い込み”とは
少し違います」
「どう違う?」
「縛りたいのではなく、
定義したい」
定義されるということは、
理解されるということでもある。
だが同時に――
逸脱が許されなくなる。
昼。
共同体の代表者たちが集まった。
「前例になる、というのは……」
医療担当が言い淀む。
「誰かの逃げ道を、
作ることにもなります」
「同時に」
交易担当が続ける。
「次に現れる“似た存在”が、
比較される基準にもなる」
沈黙。
カグラは、ゆっくりと口を開いた。
「前例になる、ということは」
一拍。
「失敗できない、
ということではありません」
視線が集まる。
「失敗した場合――
“そういう前例もある”と
残るだけです」
「完璧な像を作れば、
誰も辿れません」
「不完全で、
揺れていて、
それでも立ち直る」
「それこそが、
現実的な前例です」
国王が、腕を組んだ。
「……随分と、
覚悟が重いな」
「ええ」
カグラは、はっきり答えた。
「ですが、
これを拒めば――」
視線を落とす。
「私たちは、
“特例”として
消費され続けます」
便利で、
都合のいい、
例外。
それは、
最も潰しやすい立場だった。
「会合には、
行きます」
カグラは、結論を出した。
「ただし、
条件があります」
数日後。
中立都市に設けられた、
円卓の会場。
七つの勢力の代表が並ぶ。
誰も、剣を帯びていない。
だが、言葉は刃だ。
「まず、確認したい」
学術連盟の代表が言う。
「貴方方は、
国家でも、
同盟でもない」
「はい」
「だが、
国際秩序に影響を与えている」
「ええ」
「ならば、
何と定義すべきか」
カグラは、少しだけ考えた。
そして、答える。
「未確定領域です」
ざわめき。
「制度でも、
空白でもありません」
「“選択が、
固定されていない場所”」
宗教都市の代表が、眉をひそめる。
「不安定すぎる」
「ええ」
カグラは、否定しない。
「ですが、
世界に必要なのは」
一拍。
「安定だけでは、
ありません」
静寂。
「制度は、
人を守ります」
「同時に、
人を押し潰します」
「未確定領域は、
危険です」
「ですが、
逃げ場になります」
誰も、すぐには言い返せなかった。
最後に、
グランディア王国の代表が言う。
「……前例として、
認めるなら」
「その揺らぎも、
含めて、ということか」
「はい」
カグラは、はっきりと頷いた。
「美しくない前例です」
「ですが――
現実的です」
会合は、即答を出さなかった。
だが、
一つだけ決まったことがある。
サクラ共同体は、
排除されなかった。
囲い込まれもしなかった。
代わりに――
“前例候補”として、
棚に置かれた。
夜。
焚き火の前で、
若者が不安そうに言う。
「俺たち、
重いもの背負ったんじゃ……」
カグラは、少し笑った。
「ええ」
「でも――」
炎を見る。
「背負わされる前に、
自分で持ち上げました」
前例になるということは、
矢面に立つということ。
だが同時に――
次に来る誰かの、
盾になるということだった。
サクラ共同体は、
もう逃げ場ではない。
だが、
行き止まりでもない。
世界が、
どう扱うかを
決めあぐねている今。
彼女たちは、
静かに、
しかし確実に――
歴史の書き方そのものを
変え始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。
いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。
ただし、後のことはどうなっても知りませんよ?
* 他サイトでも投稿
* ショートショートです。あっさり終わります
妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。
しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。
ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。
セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる