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第二十八話 増える現場と、揺れる判断
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第二十八話 増える現場と、揺れる判断
地方向け出荷が、正式に始まって一週間。
工房の朝は、これまでより少しだけ慌ただしくなっていた。
「……増えたな」
シオンが、作業台に並ぶ注文票を見て呟く。
「ええ」
リリカは、淡々と頷く。
「地方分が定着し始めました。量はまだ小さいですが、流れとしては安定しています」
「……王都分も、減ってない」
「減らしていません」
それが、問題だった。
工房の生産量は、無限ではない。
見習いは増えたが、戦力として数えられるのは、まだ先だ。
「……そろそろ、限界だな」
シオンは、率直に言った。
「無理をすれば、味が揺れる」
「ええ」
リリカは、すぐに同意する。
「ですから、選択が必要です」
「……切るか」
「はい」
その言葉は、静かだが重かった。
午前中。
工房に、二通の書簡が届く。
一つは、地方の店からの増量要請。
もう一つは、王都中心部の新規高級店からの取引打診。
「……どっちも、悪くないな」
シオンが、正直に言う。
「ええ」
リリカは、二通を並べる。
「地方は、続いています。王都の店は、話題性があります」
「……どっちを取る」
しばらく、沈黙。
工房の中では、見習いたちが静かに作業を続けている。
その音が、判断を急がせる。
「……地方だ」
シオンが、低く言った。
「理由は?」
「……顔が見える」
彼は、短く続ける。
「向こうは、量を欲しがってるんじゃない。“続き”を欲しがってる」
リリカは、一瞬だけ目を伏せ、やがて頷いた。
「同感です」
「王都の新規店は?」
「今回は、お断りします」
その決断は、想像以上に波紋を呼んだ。
午後。
商業評議会の担当者が、困った顔で訪れる。
「……話題になる案件だったのですが」
「承知しています」
リリカは、落ち着いた声で答える。
「ですが、今は受けられません」
「理由は?」
「現場が、受けられないからです」
それ以上でも、それ以下でもない。
「……もったいない」
「ええ」
リリカは、否定しない。
「ですが、壊れるよりは、いい」
その言葉に、担当者は黙り込んだ。
夜。
「……惜しかったか」
シオンが、ぽつりと聞く。
「いいえ」
リリカは、はっきり答える。
「今、あちらを取れば、“拡大のための拡大”になります」
「……嫌いだな」
「ええ」
彼女は、小さく笑った。
「私もです」
翌日。
地方の店から、短い報告が届く。
「……“数量を増やしても、変わらない味で安心した”」
「……正解、だったな」
「ええ」
リリカは、静かに言う。
「信頼は、量より先に積むものです」
だが、問題は終わらない。
午後、見習いの一人が、躊躇いがちに口を開く。
「……あの」
「何だ」
「作業、少し……追いついていません」
それは、正直な声だった。
「……無理はするな」
シオンは、即座に言う。
「できないなら、止める」
「でも……」
「止めるのは、悪いことじゃない」
その言葉に、見習いは黙って頷く。
作業は、一時的に落とされた。
出荷量も、わずかに調整される。
「……遅くなります」
リリカは、取引先に簡潔に伝える。
「理由は?」
「現場の判断です」
それで、通じた。
夜。
工房に、静かな疲労が満ちている。
「……判断ばかりだな」
シオンが、椅子に腰掛けて言う。
「ええ」
リリカも、隣に座る。
「広がると、必ずそうなります」
「……昔は、焼くだけでよかった」
「今も、焼くことが中心です」
彼女は、穏やかに続ける。
「ただ、その周りに、責任が増えました」
シオンは、しばらく黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……嫌いじゃない」
「ええ」
リリカは、微笑んだ。
「向いています」
工房の灯りが落ちる。
今日は、いくつか断り、
いくつか減らし、
いくつか守った。
派手な成果はない。
だが、確かな手応えが残っている。
広げるとは、選ぶこと。
選ぶとは、捨てること。
そしてその判断の積み重ねが、
工房の未来を、静かに形作っていく。
シオンとリリカは、同時に理解していた。
――この先、もっと難しい判断が、必ず来る。
地方向け出荷が、正式に始まって一週間。
工房の朝は、これまでより少しだけ慌ただしくなっていた。
「……増えたな」
シオンが、作業台に並ぶ注文票を見て呟く。
「ええ」
リリカは、淡々と頷く。
「地方分が定着し始めました。量はまだ小さいですが、流れとしては安定しています」
「……王都分も、減ってない」
「減らしていません」
それが、問題だった。
工房の生産量は、無限ではない。
見習いは増えたが、戦力として数えられるのは、まだ先だ。
「……そろそろ、限界だな」
シオンは、率直に言った。
「無理をすれば、味が揺れる」
「ええ」
リリカは、すぐに同意する。
「ですから、選択が必要です」
「……切るか」
「はい」
その言葉は、静かだが重かった。
午前中。
工房に、二通の書簡が届く。
一つは、地方の店からの増量要請。
もう一つは、王都中心部の新規高級店からの取引打診。
「……どっちも、悪くないな」
シオンが、正直に言う。
「ええ」
リリカは、二通を並べる。
「地方は、続いています。王都の店は、話題性があります」
「……どっちを取る」
しばらく、沈黙。
工房の中では、見習いたちが静かに作業を続けている。
その音が、判断を急がせる。
「……地方だ」
シオンが、低く言った。
「理由は?」
「……顔が見える」
彼は、短く続ける。
「向こうは、量を欲しがってるんじゃない。“続き”を欲しがってる」
リリカは、一瞬だけ目を伏せ、やがて頷いた。
「同感です」
「王都の新規店は?」
「今回は、お断りします」
その決断は、想像以上に波紋を呼んだ。
午後。
商業評議会の担当者が、困った顔で訪れる。
「……話題になる案件だったのですが」
「承知しています」
リリカは、落ち着いた声で答える。
「ですが、今は受けられません」
「理由は?」
「現場が、受けられないからです」
それ以上でも、それ以下でもない。
「……もったいない」
「ええ」
リリカは、否定しない。
「ですが、壊れるよりは、いい」
その言葉に、担当者は黙り込んだ。
夜。
「……惜しかったか」
シオンが、ぽつりと聞く。
「いいえ」
リリカは、はっきり答える。
「今、あちらを取れば、“拡大のための拡大”になります」
「……嫌いだな」
「ええ」
彼女は、小さく笑った。
「私もです」
翌日。
地方の店から、短い報告が届く。
「……“数量を増やしても、変わらない味で安心した”」
「……正解、だったな」
「ええ」
リリカは、静かに言う。
「信頼は、量より先に積むものです」
だが、問題は終わらない。
午後、見習いの一人が、躊躇いがちに口を開く。
「……あの」
「何だ」
「作業、少し……追いついていません」
それは、正直な声だった。
「……無理はするな」
シオンは、即座に言う。
「できないなら、止める」
「でも……」
「止めるのは、悪いことじゃない」
その言葉に、見習いは黙って頷く。
作業は、一時的に落とされた。
出荷量も、わずかに調整される。
「……遅くなります」
リリカは、取引先に簡潔に伝える。
「理由は?」
「現場の判断です」
それで、通じた。
夜。
工房に、静かな疲労が満ちている。
「……判断ばかりだな」
シオンが、椅子に腰掛けて言う。
「ええ」
リリカも、隣に座る。
「広がると、必ずそうなります」
「……昔は、焼くだけでよかった」
「今も、焼くことが中心です」
彼女は、穏やかに続ける。
「ただ、その周りに、責任が増えました」
シオンは、しばらく黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……嫌いじゃない」
「ええ」
リリカは、微笑んだ。
「向いています」
工房の灯りが落ちる。
今日は、いくつか断り、
いくつか減らし、
いくつか守った。
派手な成果はない。
だが、確かな手応えが残っている。
広げるとは、選ぶこと。
選ぶとは、捨てること。
そしてその判断の積み重ねが、
工房の未来を、静かに形作っていく。
シオンとリリカは、同時に理解していた。
――この先、もっと難しい判断が、必ず来る。
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