派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている

ふわふわ

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第四十一話 小さな歪みと、避けられない話

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第四十一話 小さな歪みと、避けられない話

 工房の朝は、昨日と同じように始まった。

 火を入れ、温度を確かめ、生地に触れる。
 いつもの手順。
 いつもの速度。

 だが、どこかに微かな違和感があった。

「……届いてるな」

 シオンが、作業台の端に置かれた書類に目をやる。

「ええ」

 リリカは、封を切らずに答えた。

「商業区画の再編通知です」

「……再編?」

「正式には“区画利用条件の見直し”」

 言い換えれば、
 立ち退きでも、即時変更でもない。

 だが――
 何も変わらない保証でもなかった。

「……内容は」

「家賃の段階的調整と、用途区分の再検討」

 リリカは、淡々と読み上げる。

「今すぐではありません。半年から一年先の話です」

「……遠いようで、近いな」

「ええ」

 工房の中に、沈黙が落ちる。

 慌てるほどではない。
 だが、無視できる距離でもない。

「……どうする」

 シオンが、低く聞く。

「今日は、何もしません」

 即答だった。

「……それでいいのか」

「ええ」

 リリカは、帳簿を閉じる。

「今日は、今日の仕事があります」

 午前中。

 定期の客が、いつものように訪れる。

「おはよう」

「おはようございます」

 変わらないやり取り。
 変わらない量。

 だが、ふとした一言が落ちる。

「……この辺、工事が増えるみたいだね」

「ええ」

 シオンが、短く返す。

「そうらしい」

「……ここは、残るよね」

 一瞬の間。

「さあ」

 シオンは、曖昧に答えた。

「残るといいな」

 客は、それ以上何も言わず、菓子を受け取って去っていった。

 昼過ぎ。

 見習いたちが、片付けをしながら小声で話している。

「……聞いた?」

「再編の話?」

「うん……ここ、どうなるんだろ」

 リリカは、その声を止めなかった。

 不安は、押さえ込むものではない。

「……心配ですか」

 声をかけると、見習いの一人が、はっと顔を上げる。

「……少し」

「正直で、いい」

 リリカは、穏やかに言う。

「まだ、決まっていません」

「……でも」

「ですが」

 言葉を重ねる。

「決まっていないということは、選択肢があるということです」

 その言葉に、見習いたちは黙り込んだ。

 夕方。

 二人は、作業台を挟んで向き合っていた。

「……移る、って選択もあるよな」

 シオンが、ぽつりと口にする。

「ええ」

 リリカは、否定しない。

「条件次第では」

「……嫌か」

「分かりません」

 少しだけ、間を置く。

「ここでなければできない仕事、というわけではありません」

「……だが」

「ですが」

 リリカは、静かに続ける。

「ここで続けてきた、という事実は、消えません」

 それは、慰めではなかった。
 現実の確認だ。

 夜。

 二人は、並んで座っていた。

「……静かなままだな」

「ええ」

 リリカは、頷く。

「だからこそ、動きが見えます」

「……前なら、気づかなかったか」

「ええ」

 彼女は、視線を落とす。

「忙しさで、流していたでしょう」

 外では、工事の音が遠くに響いている。

 直接関係はない。
 だが、無関係でもない。

 シオンは、深く息を吐いた。

「……来たな」

「ええ」

 リリカは、小さく頷く。

「続けてきたからこそ、避けられない話です」

 選択の話ではない。
 成功でも、失敗でもない。

 続けてきた場所に、
 現実が追いついてきただけだ。

 工房の灯りは、今日も消える。

 だが、その暗さは、終わりのものではない。

 ただ、
 次に何を選ぶかを考えるための、
 短い夜だった。
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