『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

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4-1 千年後の神殿で ――「返品不可女神伝説」

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第4章 神話になった“返品不可”

4-1 千年後の神殿で ――「返品不可女神伝説」




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 ――千年が経った。

 リュミエール王国は、今や地図の上には存在しない。
 だが、世界のどこかでは、今も人々がひとつの名を口にしている。

> 「返品不可の女神――アリア様」



 それは歴史ではなく、伝説。
 けれど、誰もがその名を“真実”だと信じていた。


---

 聖都エル=ルシエラの中央。
 白い大理石で造られた巨大な神殿の奥、
 ひときわ荘厳な祈祷室の壁に、一枚のレリーフが飾られている。

 そこには、柔らかく微笑む女性の姿。
 その足元には花――“返品不可”と呼ばれる白い花が刻まれていた。

 今日も巡礼者たちがその前で祈っている。
 「女神アリアよ、わたしの恋を成就させてください!」
 「元カレにざまぁが訪れますように!」
 「返品不可のお守り、今日も効きますように!」

 ――そう、彼女は“恋とざまぁの守護女神”として崇められていた。


---

 ある日、神殿に若い見習い神官がやって来た。
 名前は、リオン。
 銀の髪を持ち、青い瞳をした真面目そうな少年だ。

 彼は神官長に向かって尋ねた。
「神官長、この“アリア様”という方は、実在したのですか?」

 神官長は、長い白髭を撫でながら笑った。
「もちろんだとも。千年前、この地を救った本物の聖女だ」
「ですが、書物によっては“聖女”ではなく“悪女”と書かれています」
「ふむ、それは彼女が“王都を神の雷で焼いた”と伝わるからだろうな」
「本当にそんなことを?」
「さてな。だが私はこう信じておる――あれは“ざまぁの雷”だったのだと」

 リオンは首を傾げた。
「ざまぁ……?」
「お前、学んでいないのか。“ざまぁ”とは、正義が皮肉な形で報われることを指す古語だ」
「なるほど……つまり、彼女は正義の人だったのですね」
「うむ。だが彼女の正義は、あくまで“優雅で痛快”な正義だった」

 神官長は、奥の扉を開ける。
 そこには、封印された古文書が並んでいた。
 その中のひとつを取り出し、リオンに渡す。

> 『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』
――著:聖女アリア・レーヴェンス



 表紙には、きらびやかな金文字。
 そして副題には、こう記されていた。

> 『王太子に返品されたけど、神にも返品拒否されました♡』



「これは……彼女の手記?」
「そうだ。神殿で最も大切に保管されている“アリア福音書”の原典だ」


---

 リオンはページをめくった。
 筆致は流麗で、どこかお茶目。
 しかし、内容は信じられないほど痛快だった。

> 『“返品”を宣告された夜、わたくしは思いましたの。
 ――返品理由が“都合”なら、わたくしの返答は“幸福”ですわ♡』



> 『神様、返品不可にしてくださってありがとう。
 この愛は、永久保証つきですの♡』



> 『人生、返品・交換・返金はいたしかねます。
 ただし、ざまぁは無制限ですわ♡』



 リオンは吹き出した。
「……女神様、軽妙すぎませんか?」
 神官長も笑う。
「そうだろう? 彼女は神聖でありながら、庶民的でもあった。
 ゆえに、人々の心に残り続けたのだ」


---

 その夜。
 リオンは一人で神殿の中庭を歩いていた。
 空には満月、花壇には白い花が咲き誇っている。

 その香りに誘われるように、彼は祈祷室の前で足を止めた。

「……もし、本当にあなたがいたのなら。
 どうして王都を滅ぼすほどの力を使ったんですか?」

 静寂。

 すると、どこからか声が聞こえた。

> 『それはね、必要だったからですの♡』



 リオンは驚いて振り向いた。
 そこには、月光の中に立つひとりの女性。
 銀の髪が風に揺れ、白いドレスの裾が夜に溶けていく。

「……あなたは?」

> 『返品不可女神――アリア、ですの♡』




---

 リオンは目を見開いた。
「ま、まさか本当に……!」

> 『そんなに驚かなくてもいいですの。時々、様子を見に降りてくるの♡』



「えっ、そんな気軽な感じなんですか!?」

> 『神様だって、たまには下界で紅茶を飲みたいですわ♡』



 リオンは言葉を失った。
 アリアは微笑みながら、レリーフの方を振り向いた。

> 『懐かしいですわね……あの頃は、まさか神話になるなんて思ってませんでしたの』
「本当に、王都を滅ぼしたんですか?」
『滅ぼした? いいえ、“修理”したんですの。
 不良品が多すぎましたから♡』



「……やはり、ざまぁの雷を?」

> 『そう。あれは懲罰ではなく、返品処理でしたの♡』



 リオンは笑いをこらえきれず、吹き出した。
「神話で語られる“神の怒り”が、返品処理とは……!」

> 『ね? 歴史って、翻訳次第でずいぶん印象が変わりますの♡』




---

「それで、いまの世に“ざまぁ”は残っていますか?」

> 『もちろん。だって人の心がある限り、“報い”は存在しますもの。
 でもね、リオン。ざまぁは復讐じゃありませんのよ』
「では何なのです?」
『――気づき、ですの♡』



 アリアの声は、穏やかに響いた。

> 『痛みを知った人が、笑顔で立ち上がる瞬間。
 それが“ざまぁ”。
 だから、わたくしは罰するためではなく、笑わせるために祈ったの』



「……笑わせるため?」

> 『そうですわ。泣くより、笑うほうが神様も安心しますの♡』



 月光の下で、アリアの瞳がやさしく輝く。


---

「あなたは、もう完全に神様なんですね」

> 『そんな大層なものではありませんの。
 ただの“幸せの専門家”ですわ♡』



「幸せの……専門家」

> 『ええ。“返品不可”って、そういう意味ですの。
 一度手にした幸福を、手放さない覚悟。
 それが、わたくしの祈りでしたの♡』



 リオンの胸に、温かいものが灯った。

「……僕も、そんな人になりたい」

> 『でしたら、よく食べて、よく寝て、よく笑うことですわ♡』
「それ、どこかで聞いたような……」
『あら、千年前から変わらない教義ですの♡』




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 やがて、夜明けが近づいた。
 アリアはふわりと浮かび上がる。
 白い花弁が風に舞い、彼女の姿を包み込む。

> 『リオン、伝えてちょうだい。
 ――幸福は返品できません。だからこそ、丁寧に扱いなさいって♡』



 そして、光とともに姿を消した。


---

 翌朝。
 リオンは神官長のもとへ駆け込んだ。

「神官長! 昨夜、女神アリア様が……!」
「おお、またお出ましになったのか」
「また、とは!?」
「時々あるのだよ。彼女は夜の紅茶と人間観察が大好きでね」
「ま、まさかそんな理由で……」
「だがな、彼女の言葉は必ず千年後にも残る。
 それが“返品不可の奇跡”だ」

 リオンは深く頷いた。


---

 その日の礼拝。
 リオンは信徒たちの前に立ち、語り始めた。

「女神アリア様はおっしゃいました。
 “ざまぁとは、誰かを罰することではなく、
 泣いていた自分が笑顔になること”――と」

 信徒たちの顔に微笑みが広がる。

「だから皆さん、今日も笑ってください。
 あなたが笑えば、それはもう“ざまぁ成功”です!」

 会場に笑いが起こる。
 誰かが小さく呟いた。

> 「ありがとう、女神アリア様」




---

 その夜。
 神殿のレリーフの前に、月明かりが差し込む。
 白い花が静かに揺れ、壁に刻まれた微笑が柔らかく見えた。

> 『ふふっ……また世界が笑いましたのね♡』



 女神アリアの声が、風に乗って消えていく。
 “返品不可”の幸福は、今日も世界を包み込んでいた。


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