『元婚約者は生物(なまもの)につき返品不可ですわ!』

ふわふわ

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4-3 微笑みの継承 ――「幸福は分け合うものですの♡」

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第4章 神話になった“返品不可”

4-3 微笑みの継承 ――「幸福は分け合うものですの♡」




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 笑祭から一週間。
 聖都エル=ルシエラは、まるで別の世界のように明るかった。

 人々はすれ違いざまに「ざまぁ!」と挨拶を交わし、
 失恋者たちは「返品成功♡」と笑いながら祝杯をあげている。
 怒号も争いも消え、街に満ちているのは、
 まるで春風のような軽やかな幸福の気配。

 ――けれど、ミリアの胸には一つの疑問が残っていた。

「ねぇリオン様、これで本当に終わりなのかしら?」
「花は咲き、祭りも成功した。女神アリア様も満足されたはずだよ」
「でも……アリア様が最後におっしゃった言葉が、どうにも気になりますの」
「最後の言葉?」
「“本当の幸福は、分け合うときこそ完全になる”――ですわ♡」

 リオンは少し考えた。
「確かに……まだ何か、女神が伝えたかったのかもしれない」
「ええ。ですから、旅に出ませんこと?」
「旅?」
「はい。“分け合う幸福”を探す旅ですの♡」

 彼女の目は、アリアと同じようにキラキラと輝いていた。


---

 数日後、二人は巡礼の衣を身にまとい、聖都を出発した。
 目的地は、“アリアが最後に眠った”と伝わる辺境ディオールの丘。

 千年の時を経て、そこがどんな場所になっているのか――
 それを確かめるための旅だ。


---

 旅の途中、ふたりは小さな村に立ち寄った。
 畑の隅で、痩せた少年が一人、うつむいていた。

 ミリアが近づいて声をかける。
「どうしましたの? お野菜とにらめっこ?」
「……芽が出ないんだ」
「種は“返品不可”ですのよ?」
「返品って……」
「つまり、あきらめるのではなく、信じて待つことですわ♡」

 ミリアはしゃがみこみ、少年の手に触れた。
 小さな掌の中に、乾いた土の感触。
 彼女はそっと微笑み、両手を合わせた。

> 『アリア様、また笑顔をひとつ、芽吹かせましょう♡』



 すると、土の中からぽつんと緑の芽が顔を出した。
 少年の目が輝く。
「……出た!」
「ふふっ、これが“ざまぁ芽”ですの♡」
「ざまぁ芽?」
「困難に笑って勝つ種ですわ♡」

 少年の笑顔が弾け、村人たちが集まって拍手を送った。
 笑い声が風に乗り、白い花が一輪、空から舞い降りた。


---

 その夜、焚き火を囲みながらリオンが言う。
「やはり君は、女神アリアの再来だな」
「やめてくださいませ♡ わたくし、寝坊の巫女ですの」
「寝坊?」
「朝が少々、お昼寄りになりますの♡」
「それ、どこかで聞いた気がする……」
「ふふっ、“幸福はよく寝る人に訪れる”って、女神アリア様のお言葉ですわ♡」

 二人で笑い合いながら、満天の星空を見上げた。
 リオンは、隣のミリアの横顔を見つめる。
 風に揺れる金の髪、その微笑み。
 ――きっと、女神アリアもこんな顔で笑っていたのだろう。


---

 翌日。
 二人はついに“ディオールの丘”へたどり着いた。

 そこは想像以上に穏やかな場所だった。
 丘の斜面には、いまも小さな白い花が咲き続けている。
 千年前、アリアが“返品不可”と名づけたあの花だ。

 ミリアがしゃがみ込み、花に触れる。
「……本当に残っていましたのね」
「アリア様が守ってくださったんだ」

 彼女は目を閉じ、風の音に耳を傾けた。
 遠くで鳥が鳴き、花が揺れる音がする。
 その静寂の中で、確かに――声が聞こえた。

> 『ようこそ、子孫たち♡ ここは、幸福の倉庫ですの♡』



「アリア様!」
 ミリアとリオンは同時に立ち上がる。
 空の上に、柔らかな光の輪が現れた。
 そこに、懐かしい銀の髪と白いドレスの女性が浮かんでいる。

> 『ふふっ、千年ぶりですわね。
 わたくしが“返品不可”って言ったのに、まだ届いたのね♡』




---

「アリア様……!」

> 『あらあら、そんなに緊張しないで。あなたたち、とってもよく笑ってますわ♡』
「お言葉を賜りたく……」
『堅苦しいのはお断りですの♡』



 ミリアは思わず吹き出した。
「本当に、伝承どおりの方ですのね♡」

> 『伝承って……ちょっと脚色が多いのですけれどね。
 “王都を滅ぼした女神”なんて、あれは誇張ですわ♡
 “王都のバグを修正した”だけですの♡』



 リオンが目を丸くした。
「……やはり、神話と実際では違うんですね」

> 『ええ。“ざまぁ”って、だいたい誤解されますの。
 本当はね――“悲しみを笑い飛ばす勇気”のことなんですの♡』




---

 アリアは花畑を見下ろしながら続けた。

> 『あなたたちが再び花を咲かせてくれて、本当にうれしいですわ。
 でも、もうひとつだけお願いがありますの』



「お願い?」

> 『この幸福を、分け合い続けてくださいな。
 幸福は独り占めすると重くなりますの。
 でも、笑いながら分け合えば、軽くなって飛んでいく。
 ――ほら、この花みたいに♡』



 風が吹き、花びらが舞い上がる。
 それは光をまとい、鳥のように空へ舞い上がっていった。

> 『笑いが絶えない限り、この花は永遠に咲きますわ♡』




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 アリアの姿が薄れていく。
 ミリアは胸に手を当てて深く頭を下げた。
「……アリア様、必ず守りますの。
 ざまぁの心も、幸福も、笑顔も全部♡」

> 『よろしいですわ♡ では、特別に――ちょっとだけご褒美をあげますわ♡』



 アリアが指を鳴らした瞬間、
 ミリアの髪が柔らかく光り、白い花弁が舞い落ちる。
 その一枚がリオンの肩に触れた。

> 『あなたも、彼女を笑わせ続けなさいな。
 “笑う二人”こそ、わたくしが望んだ後継者ですわ♡』



 そして――アリアは微笑みとともに消えた。
 空には、黄金の虹がかかっていた。


---

 帰り道、ミリアがリオンの腕に軽く手を添えた。
「……ねぇリオン様」
「なんだい?」
「もしも、わたくしが泣きそうになったら、どうします?」
「もちろん笑わせるさ。僕の特技は“ざまぁ返し”だからね」
「まぁ♡ それは心強いですわ♡」

 二人の笑い声が丘に響く。
 白い花が再び揺れ、遠くで風がやさしく歌う。

> 『幸福は二度咲く。
 一度目は涙の上に、二度目は誰かと笑う中に。』



 その言葉が、どこからともなく聞こえた気がした。
 ――女神アリアの声だ。


---

 やがて二人は聖都へ戻り、
 花の種を分け、各地へ配る活動を始めた。

 どの街でも人々が笑い、喧嘩をやめ、
 「ざまぁ」と言い合いながら幸せを分け合うようになった。

 いつしかそれは“アリアの風”と呼ばれ、
 世界中に笑顔を運ぶ風となった。


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 その夜、ミリアは日記にこう記した。

> 『幸福は、分け合うときこそ完全になる。
 わたくし、今日も笑って生きていますわ♡
 ――アリア様、どうか見守ってくださいませ。』



 ペンを置き、窓の外を見上げる。
 空には満天の星。
 その中にひときわ明るい光――
 まるで女神アリアが、今日も紅茶を片手に微笑んでいるようだった。


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