『公爵家を乗っ取った男爵一家は、家系図から消えました』 ―偽令嬢は王太子妃を夢見て国外追放、私は公爵として責務を果たします―

ふわふわ

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第五話 偽りの夜会

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第五話 偽りの夜会

王都の冬の夜は、氷のように澄んでいた。

宮殿の大広間には無数の灯りがともり、音楽が流れ、色とりどりのドレスが揺れている。

その中央に、淡い蒼のドレスをまとった少女が立っていた。

エレノアのドレス。

従妹はゆっくりと扇を広げ、視線を集める。

「グランヴェール公爵令嬢でございます」

高らかな声。

ざわめきが起こる。

「まあ……お美しい」

「さすが名門公爵家」

称賛が降り注ぐ。

そのひとつひとつが、薄い氷の上に積もる雪のように、危うい。

王太子が現れた。

広間の空気が変わる。

若く整った顔立ち。揺るぎない立ち姿。

従妹の目が輝く。

「殿下」

深く礼を取る。

王太子は一瞬、彼女を見つめた。

「グランヴェール公爵令嬢か」

その問いに、従妹はためらわず頷く。

「はい」

短い沈黙。

王太子は微笑む。

「今宵の主役だな」

扇の奥で、従妹が勝ち誇ったように笑う。

遠く離れた公爵邸。

夜会に行かないはずのエレノアは、自室の机に向かっていた。

前には封蝋の押された手紙。

差出人は、一族の長老。

“夜会の様子を聞き及んだ。確認したいことがある”

短い文面。

だが重い。

ルークが静かに言う。

「広間では、既に“公爵令嬢様”と呼ばれているそうです」

エレノアは頷く。

「そうでしょうね」

驚きはない。

想定の範囲。

「悔しくはございませんか」

問い。

エレノアはゆっくりとペンを置く。

「悔しい、というより」

窓の外を見る。

冬の月が静かに輝いている。

「よく、そこまで名乗れるものだと思うの」

怒りより、冷たい疑問。

ルークは何も言わない。

一方、夜会は盛り上がっていた。

王太子が従妹と踊る。

蒼いドレスがくるりと舞う。

拍手。

羨望。

囁き。

「お似合いだ」

「近いうちに正式発表か」

叔母は涙ぐみながら頷く。

「公爵家の名も、これで安泰ね」

叔父は満足げにワインを傾ける。

「血は争えん」

その言葉を、何人が本気で信じているのか。

夜会の隅で、年老いた侯爵が眉をひそめる。

「……あの娘は、以前見た公爵令嬢と違うのでは」

隣の伯爵が肩をすくめる。

「体調が悪いと聞いていたが」

疑念は小さな種。

まだ芽吹かない。

だが確実に、土の下で膨らむ。

王太子が従妹の手を取り、囁く。

「近く、改めて話がしたい」

その言葉に、従妹の頬が染まる。

勝利。

そう思った。

公爵邸。

エレノアは長老への返信を書き終える。

“近日中にお目にかかります”

短く、端的に。

封蝋を押す。

それは、公爵家直系のみが使う印。

叔父は持っていない。

夜会の音楽が遠くに響くような気がする。

笑い声。

拍手。

歓声。

それらすべてが、やがて静まることを、エレノアは知っている。

蒼いドレスは、確かに美しい。

けれど。

布は証にならない。

名は、名乗るだけでは足りない。

彼女は机の引き出しを開ける。

中には、小さな家宝。

直系にのみ反応する古い魔石。

指先で触れると、淡く光る。

静かに、確かに。

「お嬢様」

ルークが囁く。

「動かれますか」

エレノアは魔石をそっと戻す。

「まだよ」

夜会は、偽物が最も輝く場所。

だからこそ。

高く上がったものは、落ちるときも大きい。

窓の外、夜空に花火が上がる。

蒼い光。

一瞬で消える。

エレノアはそれを見届け、目を伏せた。

偽りの夜会は、今宵、最高潮を迎える。

そして同時に。

崩れ始めていることを、まだ誰も知らない。
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