『公爵家を乗っ取った男爵一家は、家系図から消えました』 ―偽令嬢は王太子妃を夢見て国外追放、私は公爵として責務を果たします―

ふわふわ

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第六話 婚約の噂

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第六話 婚約の噂

夜会の翌朝、王都はざわめいていた。

「王太子殿下が、公爵令嬢にご執心らしい」

その噂は、冬の風よりも速く広がった。

グランヴェール公爵邸の玄関先にも、朝から使者が立つ。

「伯爵家より祝意の花が届いております」

「侯爵家より、ぜひお茶会をと」

次々と運び込まれる花束と招待状。

叔母は満面の笑みで受け取る。

「まあ、早いわね」

従妹は鏡の前で髪を整えながら、誇らしげに言った。

「当然よ。殿下と踊ったのよ?」

叔父は胸を張る。

「公爵家の娘が王家に嫁ぐ。悪い話ではない」

悪い話ではない。

その言葉に、誰も違和感を覚えない。

食堂の端で、エレノアは静かに紅茶を飲んでいた。

「エレノア」

叔母が視線を向ける。

「あなたはしばらく静養していなさい。余計な混乱を招くと困るわ」

混乱。

その原因が誰か、理解していないのだろうか。

「分かりました」

エレノアは素直に答える。

従妹が近づいてくる。

蒼いドレスの裾を揺らしながら。

「ねえ、聞いた? 殿下がまたお会いしたいって」

目が輝いている。

「次は、正式なお話になるかもしれないわ」

正式。

その言葉が軽い。

エレノアは静かに問いかけた。

「公爵家として、ですか」

従妹は一瞬だけ眉をひそめた。

「当然でしょう?」

「では、家の長としての承認が必要ですね」

叔父が口を挟む。

「私がいる」

短い返答。

「お前は黙っていなさい」

その声には、わずかな苛立ちが混じっていた。

エレノアは視線を下げる。

黙る。

だが、聞いている。

すべて。

その日の午後。

王宮からの正式な使者が訪れた。

応接間に緊張が走る。

使者は礼を取り、書状を差し出す。

「王太子殿下より」

叔父が誇らしげに封を切る。

読み進めるうちに、顔がゆるむ。

「近々、グランヴェール公爵令嬢との婚約を前提とした会談を希望する」

その一文が、部屋に重く落ちた。

叔母が歓声を上げる。

「やっぱり!」

従妹は頬を紅潮させる。

「私、王太子妃になるのね」

使者が静かに続ける。

「なお、正式な公爵家当主の確認と、家系登録の再照合を行います」

その言葉に、空気がわずかに変わる。

叔父の笑みが固まる。

「当然だ」

声は強いが、わずかに硬い。

使者は一礼し、去った。

扉が閉まる。

静寂。

叔母が顔をしかめる。

「再照合なんて、面倒ね」

「形式だ」

叔父は言い切る。

「公爵家の後見人は私だ。問題はない」

問題はない。

その言葉が、何度も繰り返される。

問題はない。

本当に?

エレノアは静かに立ち上がった。

「失礼いたします」

誰も止めない。

自室に戻ると、机の上にもう一通の手紙が置かれていた。

長老からの返書。

“噂は聞いている。直ちに一族会議を開く”

短い。

だが明確。

エレノアは深く息を吐いた。

噂は、もう一族にも届いている。

夜会での一瞬の輝きが、波紋を広げている。

ルークが入ってくる。

「お嬢様」

エレノアは手紙を差し出す。

ルークの目が細められる。

「……始まりますな」

エレノアは窓辺に立つ。

庭では従妹が花束を抱えて笑っている。

未来を疑っていない顔。

その姿は、少し前の自分に似ている気もした。

だが。

違う。

奪って得た未来は、砂の上の城。

「ルーク」

エレノアは静かに言う。

「家宝の準備を」

老執事が深く頭を下げる。

「承知いたしました」

婚約の噂は、甘い。

だが甘さは、時に毒になる。

エレノアは胸元の鍵に触れる。

冷たい金属の感触が、現実を告げる。

王太子との婚約。

それはただの恋ではない。

公爵家の名を使うということ。

責任を伴うということ。

偽物は、それを知らない。

窓の外で、冬の風が吹く。

花束のリボンが揺れる。

高く舞い上がった噂は、やがて落ちる。

エレノアは目を閉じた。

もう、止めない。

もう、待たない。

一族会議が開かれる。

そこで、すべてが問われる。

公爵令嬢は、誰か。

そして。

偽りは、どこまで続けられるのか。

彼女は静かに前を向いた。

崩れる音は、まだ誰にも聞こえていない。
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