『公爵家を乗っ取った男爵一家は、家系図から消えました』 ―偽令嬢は王太子妃を夢見て国外追放、私は公爵として責務を果たします―

ふわふわ

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第十話 男爵に戻る日

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第十話 男爵に戻る日

家系図から名を削られたその日、屋敷の空気は変わった。

昨日まで「公爵閣下」と呼んでいた使用人たちが、視線を下げる。

叔父――いや、グレゴール男爵は広間に立ち尽くしていた。

「……これは一時的な処置だ」

誰に向けた言葉でもない。

自分に言い聞かせている。

叔母が叫ぶ。

「こんなの認めないわ! 私は公爵夫人よ!」

その声に、誰も反応しない。

静かに、しかし確実に。

呼び方が変わる。

「男爵様」

廊下の端で、古参の使用人がそう呼んだ。

一瞬の沈黙。

その一言が、すべてを切り替える。

グレゴールの顔が引きつる。

「……何だと?」

「ご命令は、男爵様」

淡々とした返答。

侮辱ではない。

ただの事実。

叔母が震える。

「訂正しなさい!」

だが使用人は目を合わせない。

公爵家の庇護は、直系当主のもの。

除名された一家には、もう及ばない。

従妹が泣きながら駆け寄る。

「お父様、どうするの? 殿下とのお話は?」

その言葉に、空気がまた重くなる。

王太子との婚約。

一族の承認なく進めた話。

しかも、偽の公爵令嬢として。

ルークがエレノアの隣に立つ。

「王宮には既に報せが届いております」

小声。

エレノアは頷く。

当然だ。

一族会議の内容は、王宮へ正式に伝えられる。

王家欺瞞の疑い。

それは、ただの身内揉めではない。

「エレノア!」

グレゴールが振り返る。

「お前からも王宮へ説明しろ。誤解だと!」

エレノアは静かに視線を向けた。

「何が誤解でしょうか」

「私は後見人だ! 公爵家のために動いた!」

「公爵家の承認なく、ですか」

言葉が詰まる。

従妹が叫ぶ。

「私は殿下と踊ったのよ! みんな祝福してくれた!」

エレノアは首を傾げる。

「公爵令嬢として、ですか」

その問いが、刃になる。

従妹は答えられない。

叔母が一歩前に出る。

「血は同じでしょう! どうしてここまで!」

エレノアは穏やかに言う。

「血は同じでも、責任は違います」

広間が静まる。

「公爵家の名は、勝手に使ってよいものではありません」

一族会議で言わなかった言葉。

ここで、初めてはっきりと告げる。

「男爵家として使用なさった資金は、全額ご返却ください」

叔父の顔が青ざめる。

「今さら……そんな金はない」

「では、財産で」

冷静な声。

逃げ道を与えない。

そのとき、門の外が騒がしくなった。

「王宮の使者だ!」

広間の空気が凍る。

使者が入ってくる。

重々しい足取り。

「グレゴール男爵」

はっきりと、そう呼んだ。

その呼称に、叔父は何も言い返せない。

「王家より通達」

封蝋を切る音が、やけに大きく響く。

「王太子殿下との婚約協議は、直系当主確認まで停止とする」

従妹の顔から血の気が引く。

「停止……?」

使者は続ける。

「また、身分詐称の疑いについて、王宮監査を行う」

沈黙。

誰も動かない。

グレゴールの肩が震える。

「私は公爵家の……」

言いかけて、止まる。

もう言えない。

公爵ではない。

ただの男爵。

除名された男爵。

使者が視線を向ける。

「公爵エレノア殿」

静かな呼びかけ。

エレノアは一歩前に出る。

「はい」

「後日、正式な確認の場を設ける」

「承知いたしました」

深く一礼。

堂々と。

叔母が崩れ落ちる。

「そんな……」

従妹が呟く。

「私は、王太子妃になるはずだったのに」

エレノアは振り向かない。

ただ、まっすぐ立っている。

使者が去り、扉が閉まる。

重い沈黙。

グレゴールは壁にもたれた。

「……終わらぬ。まだ終わらぬ」

だが声には力がない。

エレノアはゆっくりと歩き出す。

背後で、すすり泣きが響く。

振り返らない。

男爵に戻った日。

それは、ただの始まりだった。

本当の断罪は、これから王宮で下る。

そしてそのとき。

偽物は完全に名を失う。

エレノアは扉の向こうへ消える。

足音は静か。

だが、その一歩は確かだった。
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