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第十七話 消えない噂、消える名
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第十七話 消えない噂、消える名
春の社交シーズンが始まった。
王都の夜会場には、宝石と笑顔が溢れている。
けれど、囁きの中心はただ一つ。
「偽公爵令嬢事件」
「あの男爵一家、今は鉱山だとか」
「娘は国外へ売られたらしい」
噂は甘くない。
同情もない。
ただの娯楽の話題。
エレノアはその夜会に招かれていた。
公爵家当主として、正式に。
広間に入ると、空気がわずかに変わる。
ざわめき。
そして、道が自然に開く。
偽物が消えた今、本物だけが立つ。
「公爵様、ご無事で何より」
「毅然としたご判断でした」
次々に挨拶が来る。
かつて叔父一家に媚びていた者たちも、今は態度を変えている。
エレノアは微笑む。
「皆様のお力添えあってのことです」
柔らかい言葉。
だが芯は強い。
楽団が奏でる音楽。
ダンスが始まる。
一人の若き侯爵が進み出る。
「一曲、いかがですか」
「喜んで」
手を取る。
広間の視線が集まる。
“王太子妃になるはずだった娘”ではない。
“公爵家当主”。
その立場。
踊りながら、侯爵が小声で言う。
「噂は完全に消えました」
「消えないでしょう」
エレノアは静かに返す。
「噂は教訓になりますから」
侯爵が苦笑する。
「確かに」
遠くで、数人の貴婦人がひそひそ話す。
「成り上がりの末路よ」
「身の程を知るべきだったのね」
笑い声。
その冷酷さは、かつての叔母そのもの。
だが今、矛先は別の場所へ向いている。
鉱山では、グレゴールが石を砕いていた。
指はひび割れ、爪は欠けている。
汗と泥。
監督官が言う。
「囚人番号七二一、休むな」
名は呼ばれない。
番号だけ。
男爵という言葉は、もう存在しない。
夫人は別区画で倒れていた。
立てと言われ、立ち上がる。
転べば蹴られる。
「私は……公爵夫人……」
呟きは、もはや意味を持たない。
誰も覚えていない。
娘は遠い国の港に降ろされた。
豪奢なドレスは剥がされ、異国の言葉に囲まれる。
泣いても、届かない。
王都では、音楽が続く。
エレノアは踊り終え、一礼する。
拍手。
視線。
評価。
本物の位置。
ルークが近づく。
「王家からも正式に信任の書が届いております」
「そう」
簡潔。
王家は完全に彼女を支持した。
偽物の痕跡は消えた。
だが、名は消えない。
グレゴールの名は罪人名簿に残る。
家系図からは消え。
貴族録からは消え。
ただ、罪の記録として。
夜会の最後、エレノアはバルコニーへ出る。
夜風が心地よい。
街の灯りが揺れる。
「後悔は?」
ルークが問う。
エレノアは少しだけ空を見上げる。
「ありません」
即答。
「家を守るために必要でした」
冷酷ではない。
責務。
それだけ。
遠い北では、雪が降り始めている。
鉱山の夜は長い。
だが王都の夜は華やかだ。
対照的な世界。
エレノアは背を伸ばす。
噂は消えない。
だが名は守られた。
偽りは崩れ、本物だけが残った。
そして彼女は、誰にも奪われない立場を手にしている。
静かな勝利。
強く、揺るがない。
春の社交シーズンが始まった。
王都の夜会場には、宝石と笑顔が溢れている。
けれど、囁きの中心はただ一つ。
「偽公爵令嬢事件」
「あの男爵一家、今は鉱山だとか」
「娘は国外へ売られたらしい」
噂は甘くない。
同情もない。
ただの娯楽の話題。
エレノアはその夜会に招かれていた。
公爵家当主として、正式に。
広間に入ると、空気がわずかに変わる。
ざわめき。
そして、道が自然に開く。
偽物が消えた今、本物だけが立つ。
「公爵様、ご無事で何より」
「毅然としたご判断でした」
次々に挨拶が来る。
かつて叔父一家に媚びていた者たちも、今は態度を変えている。
エレノアは微笑む。
「皆様のお力添えあってのことです」
柔らかい言葉。
だが芯は強い。
楽団が奏でる音楽。
ダンスが始まる。
一人の若き侯爵が進み出る。
「一曲、いかがですか」
「喜んで」
手を取る。
広間の視線が集まる。
“王太子妃になるはずだった娘”ではない。
“公爵家当主”。
その立場。
踊りながら、侯爵が小声で言う。
「噂は完全に消えました」
「消えないでしょう」
エレノアは静かに返す。
「噂は教訓になりますから」
侯爵が苦笑する。
「確かに」
遠くで、数人の貴婦人がひそひそ話す。
「成り上がりの末路よ」
「身の程を知るべきだったのね」
笑い声。
その冷酷さは、かつての叔母そのもの。
だが今、矛先は別の場所へ向いている。
鉱山では、グレゴールが石を砕いていた。
指はひび割れ、爪は欠けている。
汗と泥。
監督官が言う。
「囚人番号七二一、休むな」
名は呼ばれない。
番号だけ。
男爵という言葉は、もう存在しない。
夫人は別区画で倒れていた。
立てと言われ、立ち上がる。
転べば蹴られる。
「私は……公爵夫人……」
呟きは、もはや意味を持たない。
誰も覚えていない。
娘は遠い国の港に降ろされた。
豪奢なドレスは剥がされ、異国の言葉に囲まれる。
泣いても、届かない。
王都では、音楽が続く。
エレノアは踊り終え、一礼する。
拍手。
視線。
評価。
本物の位置。
ルークが近づく。
「王家からも正式に信任の書が届いております」
「そう」
簡潔。
王家は完全に彼女を支持した。
偽物の痕跡は消えた。
だが、名は消えない。
グレゴールの名は罪人名簿に残る。
家系図からは消え。
貴族録からは消え。
ただ、罪の記録として。
夜会の最後、エレノアはバルコニーへ出る。
夜風が心地よい。
街の灯りが揺れる。
「後悔は?」
ルークが問う。
エレノアは少しだけ空を見上げる。
「ありません」
即答。
「家を守るために必要でした」
冷酷ではない。
責務。
それだけ。
遠い北では、雪が降り始めている。
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エレノアは背を伸ばす。
噂は消えない。
だが名は守られた。
偽りは崩れ、本物だけが残った。
そして彼女は、誰にも奪われない立場を手にしている。
静かな勝利。
強く、揺るがない。
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