スクープ! 王太子、婚約破棄から廃嫡まで完全密着! ――公爵令嬢たちのサロン? いえ、新聞編集部です』

ふわふわ

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第6話 次の舞踏会は、匂いますわね

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第6話 次の舞踏会は、匂いますわね

 卒業舞踏会を三日後に控えた午後、ル・サロン編集社の編集会議は、いつもより少しだけ空気が張っていた。

 もっとも、部屋の見た目は相変わらずである。

 窓辺には淡い春の花。丸卓には本日の紅茶と小ぶりな焼き菓子。柔らかな光の入る室内は、どう見ても令嬢たちのお茶会会場だった。けれど卓の上に並ぶのは招待状ではなく、舞踏会出席者一覧、会場見取り図、侍女筋から集まった証言の走り書きだった。

「では、本日の話題に参りますわ」

 セラフィーナが静かに告げると、オデットが待っていたように身を乗り出した。

「本日は豊作でしてよ」

「社会面担当がその顔をなさるときは、だいたい碌でもありませんわね」

 クレマンスが笑う。

「褒め言葉として受け取っておきますわ」

 オデットはそう言って、数枚の紙を卓上へ広げた。

「まず、王立学園の使用人筋。殿下は最近、卒業舞踏会の席次にずいぶんご関心をお持ちだそうですの」

「席次?」

 ルイーザが眉を上げる。

「ええ。どなたの席がどこで、どこから壇上が見えて、誰が誰の隣になるか。侍従を通して、妙に細かい確認が入っているとか」

 その場の空気がわずかに変わる。

 社交の場で席次に気を配るのは不自然ではない。だが、王太子本人がそこまで細かく口を出すとなれば話は別だ。

「ご婚約者との並びに不満でもございますの?」

 ミレイユが問うと、オデットはにっこり微笑んだ。

「そこが面白いところでしてよ。殿下がお気になさっているのは、どうやらご婚約者様のお席ではなく……フロランス・デュヴィエ嬢のお席のようですの」

「まあ」

 クレマンスが扇を閉じた。

「それはずいぶんと分かりやすい」

「分かりやすすぎますわね」

 セラフィーナはそう言いながら、手元の一覧へ目を落とした。

 卒業舞踏会は学園の行事であると同時に、若い貴族たちの社交の節目でもある。こと王太子が出席する以上、ただの思い出づくりでは終わらない。視線は集まり、振る舞いは記憶される。

 そこで婚約者を差し置いて別の令嬢を気にかけるなど、普通の神経なら避けるはずだった。

 ――普通の神経なら。

「宮廷・社交面からも補足がございますわ」

 クレマンスが別の紙を差し出す。

「フロランス嬢、舞踏会用の新しいドレスを誂えたそうですの。しかも、学園の卒業舞踏会にしては少々……気合いが入りすぎておりますわね」

「どう入りすぎておりますの?」

「色は白銀。刺繍は過多。宝飾も多い。悪く言えば、夜会の主役にでもなるおつもりの装いですわ」

 なるほど、とセラフィーナは思った。

 ご婚約者ではない令嬢が、王太子臨席の場で“主役に見える”装いを選ぶ。それだけで充分にきな臭い。

 ミレイユが小さくため息をつく。

「ずいぶん高くつきそうですこと」

「あなた、本当に何でもそこへ着地なさるのね」

「衣装は請求書になりますもの」

「名言みたいに仰らないでくださいませ」

 オデットが笑ったが、ミレイユは涼しい顔のままだった。

「いえ、本当に重要ですのよ。支払いは嘘をつきませんもの。恋は曇っても、請求は晴れておりますわ」

 その言い回しに、今度はセラフィーナまで少し笑った。

 こういう軽口が出るときほど、皆の頭はよく回っている。

「政治面は?」

 セラフィーナが問うと、ルイーザはすぐに書類を整えた。

「殿下の最近の公務出席状況ですが、やはり妙です。欠席こそ少ないものの、短縮と途中退席が続いております。しかもその日程のいくつかが、フロランス嬢の学園行事と重なっている」

「偶然では片づけにくいですわね」

「ええ。まだ記事にはしません。ですが、舞踏会で目に見える動きがあれば一気につながりますわ」

 セラフィーナはうなずいた。

 社交面、社会面、政治面。すでに糸は何本も出ている。あとはそれが、公の場で一本に撚り合わされるかどうかだ。

 そのとき、窓辺で静かに会場図を見ていたイリスが口を開いた。

「壇上で何か起きるなら、右手側からの目線が効きますわ」

 全員の視線がそちらへ向く。

 彼女は薄い紙に重ねた線を指先で示した。

「こちらに殿下、ご婚約者、少し離れてフロランス嬢。もし殿下があちらへ身体を向ければ、正面からは非常に分かりやすい構図になります」

「まあ、嫌ですわ」

 クレマンスがうっとりしたように言った。

「もう絵になっておりますのね」

「起きれば、です」

 イリスの声はいつも通り淡々としていた。

「起きなければ、ただの美しい舞踏会図になります」

「起きる気がしてなりませんのよねえ」

 オデットが楽しそうに言う。

「使用人筋も、学園筋も、皆さま同じことを仰るんですもの。“殿下は何かをなさるおつもりでは”って」

 セラフィーナは紅茶をひと口含んだ。

 香りは良い。だが今の彼女の頭の中にあるのは茶葉ではなく、見出しだった。

 もし王太子がただ軽率に振る舞うだけなら、記事は社交面の笑い話で終わる。
 だが、婚約者を傷つけるような真似を公衆の面前でやらかせば、それはもう別の話だ。

「では、方針を定めますわ」

 その一言で、部屋の空気がすっと整う。

「社会面は会場内外の証言を最優先で。控室、馬車寄せ、楽団側、侍女の待機場所まで押さえてくださいませ」

「承知いたしましたわ」

「宮廷・社交面は装いと席次、誰がどこで何を見たか。目線の流れまで拾ってちょうだい」

「お任せくださいませ」

「政治面は、公務記録と婚約の正式な位置づけを整理。もし問題が起きた場合、ただの恋愛沙汰ではないと示せるように」

「ええ」

「経済面は、殿下周辺の支出の変化を引き続き。贈答や衣装代、関連する商会の動きも見ておいて」

「もちろんですわ」

 最後に、セラフィーナはイリスへ視線を向けた。

「イリス、当日は会場図と壇上構図を手元に。何かあれば、すぐに再現図へ入れるように」

「承知いたしました」

 返答は短い。だが、それで充分だった。

 セラフィーナはゆっくりとカップを置いた。

「……匂いますわね」

 ぽつりと落とされたその言葉に、誰も異論を挟まない。

 王太子、婚約者、フロランス、卒業舞踏会。
 材料は揃いすぎている。

 窓の外では春風が白いカーテンを揺らしていた。卓上には上等な焼き菓子。部屋の中には優雅な令嬢たち。

 どこからどう見ても、美しいお茶会だった。

 けれど、この席で決まったのは王都を騒がせるための準備である。

 セラフィーナは微笑んだ。

「皆さま、次号は忙しくなりますわよ」
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