スクープ! 王太子、婚約破棄から廃嫡まで完全密着! ――公爵令嬢たちのサロン? いえ、新聞編集部です』

ふわふわ

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第9話 号外を出しますわ

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第9話 号外を出しますわ

 舞踏会が終わりきる前に、セラフィーナたちは動いていた。

 王立学園の大広間にはまだ動揺が残っていたが、ル・サロン編集社の者たちにとって、あの場にいつまでも留まる意味はない。必要なのは余韻ではなく記録だった。

「馬車を回してちょうだい。急ぎますわ」

 セラフィーナが短く告げると、控えていた御者が即座に頭を下げる。

 クレマンスは扇を閉じながら、まだ興奮の残る声で言った。

「ここまで派手にやってくださるとは思いませんでしたわ」

「ええ。予想より三段ほど上でしたわね」

 セラフィーナは冷静に答えたが、胸の内では紙面の構成がすでに走り始めていた。

 公開婚約破棄。
 王太子の怒声。
 婚約者の冷静な応答。
 フロランスの場違いな登場。
 会場の凍りついた空気。

 どこを切っても一面級だ。
 いや、一面どころではない。

「次号では遅いですわ」

 馬車へ乗り込むなり、ミレイユが言った。

「ええ」

 セラフィーナは迷いなく頷く。

「号外を出します」

 その一言に、同乗していたクレマンスがにっこりと笑う。

「まあ、素敵」

「素敵ではなく多忙ですのよ」

「でも素敵ですわ」

 ルイーザだけは静かに手帳を開いていた。すでに思い出せる限りの発言を整理し始めているらしい。
 オデットは別の馬車で使用人棟と馬車寄せを回る手はずになっていた。
 イリスは編集部へ直行し、下絵の準備に入る。

 全員が役割を理解している。だから早い。

 アルヴィエール公爵邸へ戻る頃には、夜はすっかり深くなっていた。
 けれどサロンのような編集部には、すでに灯りがともされている。夜更けのはずなのに、その部屋だけは昼の延長のように整っていた。花はそのまま、茶器もそのまま、卓の上だけが菓子皿の代わりに紙束を迎える準備をしている。

「紅茶は濃い目でお願い」

 セラフィーナが侍女へ告げる。

「今夜は長くなりますわ」

「承知いたしました」

 返事も慣れたものだ。
 この家の使用人たちは、もはやここがただの令嬢の気まぐれな遊び場ではないと知っている。

 やがて、各々が戻ってきた。

 最初に飛び込んできたのはオデットだった。頬に夜気を残したまま、紙片を何枚も抱えている。

「豊作ですわ」

「でしょうね」

「侍女筋、楽団側、馬車寄せ、控室前。どこも同じですの。皆さま、殿下が正気とは思えなかったと」

「具体的には?」

 セラフィーナが問うと、オデットは紙をめくる。

「“ご婚約者様が止めようとなさったのに、殿下は黙れと怒鳴った”」 「“フロランス嬢は止めもせず、むしろ前へ出た”」 「“ご婚約者様は最後まで取り乱されなかった”」 「“会場は祝宴ではなく断罪の場のようだった”」

「充分ですわね」

 次にルイーザが、正確に整えた書類を卓へ置いた。

「婚約破棄そのものは殿下の一存で軽々しく口にしてよいものではありません。少なくとも、あの場での宣言だけでは正式な解消になりませんわ。だからこそ逆に問題です。公の場で、正式手続きも経ずに婚約を踏みにじった形になります」

「つまり?」

 クレマンスが問う。

「恋愛沙汰ではなく、王家の信用問題です」

 その言葉は重かった。

 ミレイユも続ける。

「経済面からは、婚約に伴う贈答と支援の整理を載せられますわ。正式な解消でない以上、今後の物品、催事、契約にすべて影響が出る可能性がございますもの」

「素敵」

「だから素敵ではありませんわ」

 とはいえ、ミレイユの目も少し輝いていた。

 最後にイリスが、何枚かの紙を卓へ並べる。

 まだ荒い線だが、もう構図はできていた。

 壇上の中央にギヨーム。片腕を上げ、怒声を発した瞬間。
 その少し後ろに静かな婚約者。
 半歩前へ出たフロランス。
 そして遠巻きに凍りつく会場。

「……早いですこと」

 クレマンスが呟く。

「構図は会場で取りましたもの」

 イリスは淡々としている。

「言葉をいただければ、顔は起こせますわ」

 セラフィーナはその下絵を見つめた。

 これは強い。
 誇張はない。けれど言い逃れもできない。
 誰が見ても、何が起きたかが一目で分かる。

「これ……」

 クレマンスが息をのむ。

「もうほとんど完成しているではありませんの」

「完成してから驚いていては遅いでしょう」

 イリスの返しに、さすがのクレマンスも少し黙った。

 セラフィーナはゆっくりと席についた。
 紅茶が置かれる。夜更けの濃い香りだ。

「では、始めますわ」

 その声で、全員が静かに姿勢を正す。

「今夜は通常号ではありません。号外です」

 誰も異論を挟まない。

「一面は婚約破棄。副見出しで、公の場での宣言だったこと、王家の体面を損ねたことを添えます。政治面は婚約の正式性と軽率さ。経済面は余波。社会面は現場証言。宮廷・社交面は舞踏会の空気とフロランス嬢の立ち位置」

「見出しは?」

 ルイーザが尋ねる。

 セラフィーナは一拍置き、微笑んだ。

「――号外。王太子、卒業舞踏会で公開婚約破棄」

 その一行が卓上に落ちた瞬間、空気が決まった。

「副見出しはこうですわ。『真実の愛を叫ぶも、会場凍結』」

「まあ、売れますわね」

 クレマンスが嬉しそうに言う。

「売りますの」

 セラフィーナは訂正した。

「今夜のうちに刷りへ回します。明朝には王都で読めるように」

 窓の外は深夜。けれどこの部屋だけは眠らない。

 上等な紅茶の香りの中で、紙がめくられ、言葉が磨かれ、石版画が線を増やしていく。
 見た目は優雅なお茶会の延長。
 だが実際には、王太子の醜態が見出しへと仕立て上げられていく最中だった。

 セラフィーナはペンを取り、静かに言った。

「皆さま、王都の朝を少し騒がせますわよ」
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