スクープ! 王太子、婚約破棄から廃嫡まで完全密着! ――公爵令嬢たちのサロン? いえ、新聞編集部です』

ふわふわ

文字の大きさ
25 / 32

第25話 全部あの新聞のせいだ!

しおりを挟む
第25話 全部あの新聞のせいだ!

 王太子ギヨームは、ついに本気でそう信じ始めていた。

「全部、あの新聞のせいだ!」

 怒声は王宮の私室に響き、控えていた侍従たちは一斉に目を伏せた。
 最近の彼は、気に入らぬことがあるたびに同じ台詞を吐く。縁談が進まないのも、夫人方の茶会で話題にされるのも、側近たちの顔色が悪いのも、全部、王都サロン新報のせいだと。

 もちろん違う。

 違うのだが、本人だけがそこへ辿り着かない。

「でなければ、私がこんな目に遭うはずがない!」

 机の上には、今日届いた書状が散らばっていた。
 どれも一見すると丁寧で穏やかだ。だが意味は同じである。

 縁談は難しい。
 時期尚早。
 娘の体調。
 家の事情。

 要するに、お断りだ。

 ギヨームはその一枚を掴み、ぐしゃりと握り潰した。

「私を断るだと……!」

 怒りで顔を赤くしながらも、その奥には理解できないという色がある。
 彼にとって、自分は選ぶ側の人間だった。
 婚約者も、周囲の令嬢も、自分の好みに合うかどうかを見てやる相手に過ぎなかった。
 まさか自分が避けられる側になるなど、本気で考えたことがない。

「殿下」

 年長の側近が、おそるおそる声をかける。

「少々、お気を鎮められては……」

「鎮められるか!」

 ギヨームは振り返った。

「お前たちは分かっているのか? 私は王太子だぞ! それを、たかが新聞ごときに好き勝手書かれ、縁談まで止められて――」

 その言葉に、側近たちは誰もすぐには返せない。

 縁談を止めたのは新聞ではない。
 新聞に載るようなことをした王太子本人だ。
 だが、いまそれを口に出せば事態はさらに悪くなる。

「殿下、縁談が停滞しているのは」

「新聞のせいだろう!」

 また怒鳴る。

「私が何をしたというのだ! 少し本心を示しただけではないか!」

 その“少し”が、婚約者を公衆の面前で怒鳴りつけ、王家の体面を踏みつけ、さらに新聞社へ圧力をかけようとしたのだから救いがない。

 けれどギヨームの中では、物語は別の形で出来上がっている。
 自分は真実の心に従った。
 それを、あの令嬢どもが面白半分に紙にして、絵まで付けて笑いものにした。
 だから自分は被害者だ、と。

「殿下」

 別の側近が慎重に言う。

「今は新たな動きをお控えになった方が」

「何もしろと言うのか?」

「少なくとも、これ以上感情的なご対応は――」

「感情的なのは向こうだ!」

 ギヨームは机を叩いた。

「女どもが寄ってたかって、私の一挙手一投足を記事にし、いちいち大げさに騒ぎ立てているんだぞ!」

 その場の空気が凍る。

 一挙手一投足。
 まるで新聞が勝手に作り上げているように言うが、実際には自分で材料を供給し続けているだけだ。
 婚約破棄、発禁未遂、石版画への逆上、縁談の停滞。
 紙面が勝手に増えたわけではない。

「……全部、あの女だ」

 ギヨームは低く吐き出した。

「アルヴィエールの娘。あいつが裏で糸を引いている」

 セラフィーナの名を出すとき、彼の声には憎悪と侮りが奇妙に混ざる。
 女のくせに。
 公爵令嬢のくせに。
 新聞屋の真似事ごときで。
 そういう感情が透けて見えた。

「殿下、個人への敵意を公然と示すのは」

「黙れ!」

 また怒鳴る。

「私は悪くない! 悪いのはあいつらだ! あんな新聞さえなければ、皆も余計なことを考えずに済んだ!」

 まるで、紙が存在しなければ現実も消えると言わんばかりだった。

 側近たちはもう何も言わない。
 言っても届かないと分かり始めているからだ。

 王太子がいま失っているのは婚約者だけではない。
 冷静さも、判断力も、そして何より自分を省みる能力も失っている。

「次は何だ」

 ギヨームは荒く息を吐きながら言った。

「次は何を書かせるつもりだ。私が誰と会っただの、何を買っただの、そんなことまでいちいち記事にするのか!」

 それを口にした瞬間、側近の一人は内心で顔をしかめた。
 いま自分から“何を買っただの”などと言ってしまうのは、ほとんど自白ではないか。

 けれどギヨームは気づかない。
 自分の言葉がどれほど軽く、どれほど紙面向きかを。

「殿下」

 年長の側近が、ほとんど最後の忠告のように言った。

「どうか、これ以上ご自身で材料を増やされませんよう」

「材料だと?」

 ギヨームの目がつり上がる。

「私を記事の餌とでも言いたいのか!」

「そのような意味では」

「なら出て行け!」

 私室にまた怒声が響く。

 側近たちは頭を下げて退いた。
 残されたギヨームはなおも荒い息のまま、号外を睨みつけている。机の隅には王都サロン新報の最新号。政治面、経済面、社会面、宮廷・社交面――どの面にも、自分へ向けた冷たい視線があるように思えてならない。

 彼は新聞を掴み上げた。

「……絶対に許さん」

 だが、その言葉にかつての王太子らしい威圧感はなかった。
 ただ追い詰められた男の、細く尖った憎しみでしかない。

 その頃、ル・サロン編集社では午後の紅茶がちょうど注がれていた。

「殿下、また仰ったそうですわ。“全部あの新聞のせいだ”と」

 オデットが愉快そうに報告する。

「まあ」

 クレマンスが扇を軽く動かした。

「ついにそこへ完成なさいましたのね」

「ええ。しかも、かなり本気で」

 セラフィーナはカップを手に取り、静かに微笑んだ。

 ついに来た、と思う。
 失敗を認めず、すべてを外へ押しつける段階。
 ここまで来れば、もう転落は止まらない。

「では」

 彼女は穏やかに言った。

「次の見出しは、ずいぶん決めやすくなりましたわね」

 見た目は優雅なお茶会。
 けれどそこで整えられているのは、王太子のご乱心をどう上品に紙へ載せるかだった。

 そしてギヨームはまだ知らない。
 “全部あの新聞のせいだ”という台詞そのものが、次号では最高に使いやすい材料になることを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

自国から去りたかったので、怪しい求婚だけど受けました。

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アミディアは婚約者と別れるように言われていたところを隣国から来た客人オルビスに助けられた。 アミディアが自国に嫌気がさしているのを察したオルビスは、自分と結婚すればこの国から出られると求婚する。 隣国には何度も訪れたことはあるし親戚もいる。 学園を卒業した今が逃げる時だと思い、アミディアはオルビスの怪しい求婚を受けることにした。 訳アリの結婚になるのだろうと思い込んで隣国で暮らすことになったけど溺愛されるというお話です。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?

みこと。
恋愛
 鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。 「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。 (あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)  現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。  そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。  なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?  この出会いが、クローディアに新しい道を拓く! ※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。

【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112
恋愛
伯爵令嬢エレオノールは、皇太子ジョンと結婚した。 三年に及ぶ結婚生活では一度も床を共にせず、ジョンは愛人ココットにうつつを抜かす。 やがて王が亡くなり、ジョンに王冠が回ってくる。 するとエレオノールの王妃は剥奪され、ココットが王妃となる。 王宮からも伯爵家からも追い出されたエレオノールは、娼婦となる道を選ぶ。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...