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第26話 新しい婚約候補との面会
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第26話 新しい婚約候補との面会
王家は、まだ諦めていなかった。
いや、諦められなかったと言うべきだろう。
王太子ギヨームの婚約破棄騒動はすでに国内外へ広がり、王都サロン新報はそれを美しい紙面と冷たい言葉で定着させている。けれど、それでもなお王家としては“次の婚約”を整えなければならなかった。
未来の王妃がいないままでは、体面も継承も成り立たないからだ。
「最後の望み、ですのね」
午後の編集会議で、オデットが持ち込んだ新しい話にクレマンスがそう呟いた。
今日も編集部は変わらず華やかで、どこまでもお茶会然としている。窓辺の花、揃いの茶器、香り高い紅茶。だが卓上に置かれた話題は、王家が水面下で整えた“極秘の面会”だった。
「高位貴族家のご令嬢ですの?」
セラフィーナが問う。
「ええ。名はまだ伏せますが、家格は申し分ございませんわ。王家としては、ここで何とか“殿下にもまだ縁談の余地がある”と見せたかったのでしょうね」
ルイーザが静かに頷く。
「当然ですわ。ここで完全に縁談が絶えたと見られれば、王太子としての立場はさらに不安定になりますもの」
「でも、そんな大事な面会に殿下を出して大丈夫でしたの?」
ミレイユが穏やかに訊く。
オデットは楽しそうに笑った。
「そこですのよ」
その笑みだけで、もう結果は分かったようなものだった。
「どうなったの?」
「最初は、それなりに体裁を保っていらしたそうですわ。礼装も整え、言葉遣いも表向きは丁寧。ですが、少し話が進んだところで――」
オデットは一枚のメモを広げる。
「新聞の話になりましたの」
部屋の空気が少しだけ変わる。
当然だろう、とセラフィーナは思った。
あれだけ王都中へ広がった騒動を、面会の場で誰も触れないわけがない。むしろ触れずに済ませようとする方が不自然だ。
「どなたが?」
「先方のご令嬢ではなく、付き添いのご親族筋ですわ。“最近いろいろと紙面で話題のようですが、お心お変わりなく?”と、たいへん穏やかに」
「まあ、上品」
クレマンスが目を細める。
「ええ。とても上品でしたのに、殿下はそこでお切れになったそうですわ」
オデットは淡々と続けた。
「“全部あの新聞が勝手に騒いでいるだけだ”“私は被害者だ”“女どもが寄ってたかって貶めた”――そのようなことを」
「……面会の席で?」
ミレイユが珍しく少し眉を動かした。
「ええ。しかも、かなり熱心に」
熱心に、という表現がむしろ残酷だった。
王太子は縁談の席で、自分の立場、将来、王家の体面よりも先に、新聞への逆恨みを語ったのだ。
つまり“私は落ち着いておりません”“公の場で自制がききません”“いまだ反省も整理もできておりません”と、自分から披露したに等しい。
「終わりましたわね」
ルイーザが短く言う。
「ええ、見事に」
セラフィーナはカップを置いた。
こうなるともう、新聞がどうこうという話ではない。
紙面に何が載ろうと載るまいと、ギヨーム自身が“未来の王妃候補を迎える場にふさわしくない”と証明してしまっている。
「先方の反応は?」
「たいへん穏やかだったそうですわ」
オデットが答える。
「だからこそ怖いのですけれど。“本日はお疲れのご様子ですね”とおっしゃって、すぐにお引きになったとか」
クレマンスが吹き出した。
「まあ! それはもう二度とお話を進める気のない方の台詞ですわ!」
「ええ。わたくしもそう思いますの」
オデットはにこやかだ。
ミレイユが帳面を閉じながら言う。
「経済面で書くなら、“王家の縁談模索、またしても実らず”くらいですわね。理由はぼかしても、続かぬこと自体がもう重いですわ」
「政治面では、“王太子殿下、婚約候補との面談においてもご自身の不都合を外へ帰責”――少し固いかしら」
ルイーザが言うと、クレマンスが肩をすくめた。
「固いですけれど、とても正確ですわ」
イリスは窓辺で紙に線を引きながら、ぽつりと漏らした。
「次の絵は、面会の部屋がよろしいかもしれませんわ」
「どのような?」
セラフィーナが問う。
「整えられた椅子が二脚。片方はきちんと引かれたまま、もう片方だけが乱れている」
その言葉に、全員が少し黙った。
なるほど。
怒鳴り顔も、紙を握り潰す手もいらない。
整えられるべき場を、自分だけが乱した。
それだけで充分に伝わる。
「良いですわね」
セラフィーナはペンを取った。
王家の縁談模索、またも足踏み
婚約候補との面会、不調に終わるとの見方強まる
「結構ですわ」
ルイーザがうなずく。
「断定は避けつつ、読めば状況が分かる」
「ええ。今はもう、“何があったか”より“うまくいかなかったこと”自体が重いのですもの」
セラフィーナは微笑んだ。
王太子はきっと、また言うのだろう。
全部あの新聞のせいだ、と。
けれど現実には、新聞がなくても面会の席で自滅している。
窓の外では春の光が揺れ、部屋の中には紅茶の香りが満ちている。
見た目は優雅なお茶会。
だがここで整えられているのは、“最後の縁談候補の前で自分から落ちた王太子”という、あまりにも痛い現実だった。
セラフィーナは静かにカップを持ち上げる。
「殿下は本当に」
その声音は穏やかだった。
「ご自分で紙面を完成させてくださいますわね」
王家は、まだ諦めていなかった。
いや、諦められなかったと言うべきだろう。
王太子ギヨームの婚約破棄騒動はすでに国内外へ広がり、王都サロン新報はそれを美しい紙面と冷たい言葉で定着させている。けれど、それでもなお王家としては“次の婚約”を整えなければならなかった。
未来の王妃がいないままでは、体面も継承も成り立たないからだ。
「最後の望み、ですのね」
午後の編集会議で、オデットが持ち込んだ新しい話にクレマンスがそう呟いた。
今日も編集部は変わらず華やかで、どこまでもお茶会然としている。窓辺の花、揃いの茶器、香り高い紅茶。だが卓上に置かれた話題は、王家が水面下で整えた“極秘の面会”だった。
「高位貴族家のご令嬢ですの?」
セラフィーナが問う。
「ええ。名はまだ伏せますが、家格は申し分ございませんわ。王家としては、ここで何とか“殿下にもまだ縁談の余地がある”と見せたかったのでしょうね」
ルイーザが静かに頷く。
「当然ですわ。ここで完全に縁談が絶えたと見られれば、王太子としての立場はさらに不安定になりますもの」
「でも、そんな大事な面会に殿下を出して大丈夫でしたの?」
ミレイユが穏やかに訊く。
オデットは楽しそうに笑った。
「そこですのよ」
その笑みだけで、もう結果は分かったようなものだった。
「どうなったの?」
「最初は、それなりに体裁を保っていらしたそうですわ。礼装も整え、言葉遣いも表向きは丁寧。ですが、少し話が進んだところで――」
オデットは一枚のメモを広げる。
「新聞の話になりましたの」
部屋の空気が少しだけ変わる。
当然だろう、とセラフィーナは思った。
あれだけ王都中へ広がった騒動を、面会の場で誰も触れないわけがない。むしろ触れずに済ませようとする方が不自然だ。
「どなたが?」
「先方のご令嬢ではなく、付き添いのご親族筋ですわ。“最近いろいろと紙面で話題のようですが、お心お変わりなく?”と、たいへん穏やかに」
「まあ、上品」
クレマンスが目を細める。
「ええ。とても上品でしたのに、殿下はそこでお切れになったそうですわ」
オデットは淡々と続けた。
「“全部あの新聞が勝手に騒いでいるだけだ”“私は被害者だ”“女どもが寄ってたかって貶めた”――そのようなことを」
「……面会の席で?」
ミレイユが珍しく少し眉を動かした。
「ええ。しかも、かなり熱心に」
熱心に、という表現がむしろ残酷だった。
王太子は縁談の席で、自分の立場、将来、王家の体面よりも先に、新聞への逆恨みを語ったのだ。
つまり“私は落ち着いておりません”“公の場で自制がききません”“いまだ反省も整理もできておりません”と、自分から披露したに等しい。
「終わりましたわね」
ルイーザが短く言う。
「ええ、見事に」
セラフィーナはカップを置いた。
こうなるともう、新聞がどうこうという話ではない。
紙面に何が載ろうと載るまいと、ギヨーム自身が“未来の王妃候補を迎える場にふさわしくない”と証明してしまっている。
「先方の反応は?」
「たいへん穏やかだったそうですわ」
オデットが答える。
「だからこそ怖いのですけれど。“本日はお疲れのご様子ですね”とおっしゃって、すぐにお引きになったとか」
クレマンスが吹き出した。
「まあ! それはもう二度とお話を進める気のない方の台詞ですわ!」
「ええ。わたくしもそう思いますの」
オデットはにこやかだ。
ミレイユが帳面を閉じながら言う。
「経済面で書くなら、“王家の縁談模索、またしても実らず”くらいですわね。理由はぼかしても、続かぬこと自体がもう重いですわ」
「政治面では、“王太子殿下、婚約候補との面談においてもご自身の不都合を外へ帰責”――少し固いかしら」
ルイーザが言うと、クレマンスが肩をすくめた。
「固いですけれど、とても正確ですわ」
イリスは窓辺で紙に線を引きながら、ぽつりと漏らした。
「次の絵は、面会の部屋がよろしいかもしれませんわ」
「どのような?」
セラフィーナが問う。
「整えられた椅子が二脚。片方はきちんと引かれたまま、もう片方だけが乱れている」
その言葉に、全員が少し黙った。
なるほど。
怒鳴り顔も、紙を握り潰す手もいらない。
整えられるべき場を、自分だけが乱した。
それだけで充分に伝わる。
「良いですわね」
セラフィーナはペンを取った。
王家の縁談模索、またも足踏み
婚約候補との面会、不調に終わるとの見方強まる
「結構ですわ」
ルイーザがうなずく。
「断定は避けつつ、読めば状況が分かる」
「ええ。今はもう、“何があったか”より“うまくいかなかったこと”自体が重いのですもの」
セラフィーナは微笑んだ。
王太子はきっと、また言うのだろう。
全部あの新聞のせいだ、と。
けれど現実には、新聞がなくても面会の席で自滅している。
窓の外では春の光が揺れ、部屋の中には紅茶の香りが満ちている。
見た目は優雅なお茶会。
だがここで整えられているのは、“最後の縁談候補の前で自分から落ちた王太子”という、あまりにも痛い現実だった。
セラフィーナは静かにカップを持ち上げる。
「殿下は本当に」
その声音は穏やかだった。
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