婚約破棄されましたが、辺境公爵に溺愛されて自由まで手に入れました

ふわふわ

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第19話 距離が近すぎます、公爵様

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 午後になり、エレノアは侍女に案内されて屋敷の一角へ向かった。

「エレノア。来たか」

 ライナルトは薄く微笑み、彼女を待っていた。
 黒い上着に金の刺繍が施された公爵服は、いつも以上に凛として見える。

「本日は屋敷の案内をしてくださるとか……?」

「ああ。広いので迷わないように、な」

「ご丁寧にありがとうございますわ」

 そうして案内は始まった。

 庭園、温室、文書庫、応接室――どこも整然として美しく、
 辺境とは思えないほど豊かで品があった。

「素敵な場所ばかりですわね」

「気に入ったのなら良い。……これから、君が長く過ごす場所だ」

「え?」

「いや。深い意味ではない」

 ライナルトはすぐに視線を逸らした。
 しかしエレノアは、その耳先がわずかに赤くなったのを見逃さなかった。

(……どういう意味、なのでしょうか?)

 そんな疑問が胸に残ったまま、二人は廊下へ戻る。

 その途中――。

「きゃっ!」

 窓から強く吹き込んだ風で、エレノアの髪飾りが外れ、カランと床へ転がった。

 拾おうと身をかがめたその瞬間、

「動くな」

 低い声が、すぐ耳元に落ちてきた。

 同時に、エレノアの腰に腕が回る。

 次の瞬間、ふわりと体が引き寄せられ、彼女は公爵の胸に収まっていた。

「え……っ、公爵様?」

「床に破片が落ちている。触れると危険だ」

 確かに、風で割れた花瓶の小さな欠片が散らばっていた。

 が、それよりも――。

(ち、近い……! とても近いですわ……!!)

 気づけば、ライナルトの手が彼女の腰に触れている。

 距離は手のひらどころか指先も入らないほどゼロに近い。
 息をすれば互いの胸が触れそうな位置。

 エレノアの心臓が、耳の後ろまで跳ね上がった。

「立てるか?」

「だ、大丈夫ですっ……!」

 エレノアが慌てて体を離そうとしても、
 ライナルトは一瞬だけ腕を緩めず、彼女を支え続けた。

 その動きはあまりにも自然で、
 紳士的なのに――どこか強引。

「……失礼した」

 ようやく手を離したとき、彼の表情はいつもの冷静さに戻っていた。
 だがエレノアの方は胸が熱くて、まともに顔が上げられない。

「怪我は?」

「な、ないですわ。公爵様のおかげで……」

「そうか。……それなら良かった」

 ライナルトは髪飾りを拾い上げ、そっとエレノアの髪へと戻した。

 その指先が、髪に触れたまま一瞬だけ止まる。

 時が止まったように感じた。

「……似合っている」

 低く囁かれるような声。

 顔が、近い。
 目が、合う。

 エレノアは慌てて後ろへ下がり、視線を逸らした。

「わ、私は少し休憩を……!」

「案内はここまでにしておこう」

 ライナルトの声は淡々としているはずなのに、どこか柔らかい。

 エレノアが廊下を離れていくと、公爵は静かに息を吐いた。

「……抱き寄せたのは、危険があったからだ」

 そう自分に言い聞かせるように呟く。

「それ以外の理由は……ない。はずだ」

 しかし、わずかに赤みを帯びた耳先は、その言い訳を否定していた。


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