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第26話 戻れない理由
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第26話 戻れない理由
王都への帰路についた使節団は、道中、ほとんど言葉を交わさなかった。
馬車の中で、評議会関係者は何度も手帳を開いては閉じる。
記録係の文字は正確だが、肝心の「評価欄」が空白のままだ。
「……どう書くつもりだ」
沈黙に耐えきれず、商会代表が呟いた。
「書けません」
記録係が、淡々と答える。
「問題点が、見当たらない」
「称賛すれば?」
「称賛する理由も、王都の言葉では説明できません」
それが、最大の問題だった。
王都に戻れば、必ず問われる。
――辺境伯領は、管理できるのか。
――危険はないのか。
――王太子の権威に影響はないのか。
だが、現地で見たものは、どれも“普通”だった。
普通で、穏やかで、続いている。
「……あの女」
評議会関係者が、低く言った。
「戻る気は、最初からなかったな」
商会代表は、苦笑する。
「戻る理由が、ないんですよ」
王都には、権力がある。
名誉も、席も、称号もある。
だが――必要ではない。
一方、辺境では。
ミディア・バイエルンは、朝から次の施策に取りかかっていた。
使節団の去った翌日だが、特別な感慨はない。
「水路整備、北側も進めましょう」
「はい」
補佐官が即座に応じる。
「資材は、前回と同じ商会で?」
「問題ありません」
すべてが、淡々と進む。
昼前、アイロス・アルツハイムが、執務室を訪れた。
「……王都から、何か反応が来ると思いますか」
「来ません」
ミディアは、即答した。
「来るとすれば、“戻れ”ではなく、“戻れるか”です」
「違いは?」
「前者は命令、後者は期待です」
アイロスは、納得したように頷く。
「そして、あなたはどちらにも応えない」
「はい」
ミディアは、視線を資料から離さない。
「応える理由がありません」
午後、集落を回る。
新しく整備された水路で、子どもたちが遊んでいる。
「お姉ちゃん!」
見覚えのある少女が、駆け寄ってきた。
「今日は、会議ないの?」
「午後からあります」
「じゃあ、今は大丈夫だね」
少女は、無邪気に笑う。
ミディアは、自然にその頭を撫でた。
王都では、決して見られなかった光景だ。
夕方、政庁に戻る途中、アイロスが言った。
「……王都に戻れば、もっと楽だったかもしれません」
「ええ」
ミディアは、否定しない。
「何も考えず、席に座っていればよかった」
「それでも?」
「それでも、戻りません」
足を止め、空を見上げる。
「私は、もう“選ばれる側”に戻れない」
それは、強がりではない。
「ここでは、選ぶ側でもありません」
アイロスは、静かに聞いている。
「ただ、続ける側です」
夜、政庁に灯りが残る。
王都からの使者は、来ない。
命令も、要請も、叱責も。
それが、答えだった。
――戻れない理由。
それは、拒絶ではない。
反逆でもない。
ただ、ここで生きているから。
ミディア・バイエルンは、ペンを取り、次の計画書に署名した。
その署名に、王都の承認印は要らない。
それだけで、十分だった。
王都への帰路についた使節団は、道中、ほとんど言葉を交わさなかった。
馬車の中で、評議会関係者は何度も手帳を開いては閉じる。
記録係の文字は正確だが、肝心の「評価欄」が空白のままだ。
「……どう書くつもりだ」
沈黙に耐えきれず、商会代表が呟いた。
「書けません」
記録係が、淡々と答える。
「問題点が、見当たらない」
「称賛すれば?」
「称賛する理由も、王都の言葉では説明できません」
それが、最大の問題だった。
王都に戻れば、必ず問われる。
――辺境伯領は、管理できるのか。
――危険はないのか。
――王太子の権威に影響はないのか。
だが、現地で見たものは、どれも“普通”だった。
普通で、穏やかで、続いている。
「……あの女」
評議会関係者が、低く言った。
「戻る気は、最初からなかったな」
商会代表は、苦笑する。
「戻る理由が、ないんですよ」
王都には、権力がある。
名誉も、席も、称号もある。
だが――必要ではない。
一方、辺境では。
ミディア・バイエルンは、朝から次の施策に取りかかっていた。
使節団の去った翌日だが、特別な感慨はない。
「水路整備、北側も進めましょう」
「はい」
補佐官が即座に応じる。
「資材は、前回と同じ商会で?」
「問題ありません」
すべてが、淡々と進む。
昼前、アイロス・アルツハイムが、執務室を訪れた。
「……王都から、何か反応が来ると思いますか」
「来ません」
ミディアは、即答した。
「来るとすれば、“戻れ”ではなく、“戻れるか”です」
「違いは?」
「前者は命令、後者は期待です」
アイロスは、納得したように頷く。
「そして、あなたはどちらにも応えない」
「はい」
ミディアは、視線を資料から離さない。
「応える理由がありません」
午後、集落を回る。
新しく整備された水路で、子どもたちが遊んでいる。
「お姉ちゃん!」
見覚えのある少女が、駆け寄ってきた。
「今日は、会議ないの?」
「午後からあります」
「じゃあ、今は大丈夫だね」
少女は、無邪気に笑う。
ミディアは、自然にその頭を撫でた。
王都では、決して見られなかった光景だ。
夕方、政庁に戻る途中、アイロスが言った。
「……王都に戻れば、もっと楽だったかもしれません」
「ええ」
ミディアは、否定しない。
「何も考えず、席に座っていればよかった」
「それでも?」
「それでも、戻りません」
足を止め、空を見上げる。
「私は、もう“選ばれる側”に戻れない」
それは、強がりではない。
「ここでは、選ぶ側でもありません」
アイロスは、静かに聞いている。
「ただ、続ける側です」
夜、政庁に灯りが残る。
王都からの使者は、来ない。
命令も、要請も、叱責も。
それが、答えだった。
――戻れない理由。
それは、拒絶ではない。
反逆でもない。
ただ、ここで生きているから。
ミディア・バイエルンは、ペンを取り、次の計画書に署名した。
その署名に、王都の承認印は要らない。
それだけで、十分だった。
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