『婚約破棄された令嬢ですが、気づけば王国の基準になっていました』

ふわふわ

文字の大きさ
12 / 40

第十二話 王の疑念

しおりを挟む
第十二話 王の疑念

 王宮の奥、普段は限られた者しか入ることを許されない小会議室に、重い沈黙が落ちていた。

 壁一面に掛けられた地図の前に、国王は立っている。机の上には報告書が積み上げられ、赤い印の入った数字がいくつも並んでいた。

「……三度目だな」

 低い声が響く。

「国債利回りが、また上がった」

「はい、陛下」

 新任財務顧問が緊張した面持ちで答える。

「交易保証料の再交渉は合意に至りましたが、その影響が建材価格に波及しております。再開発区画の第二期は、実質的に凍結に近い状況です」

 宰相が静かに続ける。

「加えて、商会の一部が隣国へ航路の比重を移しております」

 国王はゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「税制改正の効果はどうだ」

「短期的な税収増は見込めますが、物価上昇がそれを相殺する可能性が高く……」

 言葉が濁る。

 国王は目を閉じる。

 婚約破棄から十数日。

 世論はまだ王太子を支持している。

 だが、数字は違う動きをしている。

「……偶然とは思えぬ」

 静かな一言。

 室内の空気がさらに重くなる。

 宰相が一歩前に出る。

「陛下、保証契約の件でございます」

「分かっている」

 国王は報告書を指で叩いた。

「再開発区画、北方鉱山、交易船団。いずれにも個人保証が入っていた」

「はい」

「その保証人の名は」

 宰相は一瞬、言葉を選ぶ。

「セレスティア・ヴァルモンド」

 新任顧問の喉が鳴る。

「……規模は」

「総額で王国債残高の約一割強」

 国王の眉が深く寄る。

「一割」

 それは小さくない。

 王国の信用を支える重要な部分だ。

「なぜ、そこまで依存していた」

 問いは鋭い。

 宰相は静かに答える。

「当時、国外投資家の信頼を得るためでございます。侯爵家の資産と、令嬢の名が信用補完として機能しておりました」

「王家の名では足りなかったのか」

「足りない場面がございました」

 沈黙。

 国王は遠くを見つめる。

「婚約破棄と同時に、その保証が消えた」

「はい」

「そして市場が揺れた」

 誰も否定しない。

 国王の視線が鋭くなる。

「殿下は、この保証の重みを理解していたか」

 宰相は目を伏せる。

「書面上は報告されておりました。しかし……」

「理解していなかった、ということだな」

 静かな断定。

 新任顧問が恐る恐る口を開く。

「陛下、現状を安定させるには、追加保証か、国外資本の導入が必要かと」

「国外資本」

 国王の声が低くなる。

「それは主導権の一部を手放すことを意味する」

「はい」

「他に道は」

 誰も即答できない。

 保証を戻す。

 つまり。

 セレスティアを呼び戻す。

 だがそれは、王太子の決断を否定することになる。

 誇りと現実。

 国王は深く息を吐く。

「……余は、国を守らねばならぬ」

 その言葉は重い。

「婚約破棄は、王太子の選択だ。だが財政は、余の責任である」

 宰相が静かに問う。

「侯爵家へ打診なさいますか」

 国王はしばらく黙考し、やがて答えた。

「まだだ」

 室内がわずかに緩む。

「まずは王宮でできることを尽くす。だが、状況が悪化すれば……」

 言葉は途中で止まる。

 だが意味は明白。

 夜。

 ヴァルモンド侯爵家の書斎で、私は静かに帳簿を閉じる。

 王宮で何が議論されているかは分からない。

 だが、推測はできる。

 保証額の規模を把握すれば、疑念は必ず生じる。

 なぜ、その保証が必要だったのか。

 なぜ、それを失ったのか。

 窓の外では、風が木々を揺らしている。

 私は目を閉じる。

 これは復讐ではない。

 契約の帰結。

 王太子殿下は、いずれ理解するだろう。

 愛と責任は、同時に選ばねばならないということを。

 王の疑念は、まだ問いの段階だ。

 だが問いは、やがて決断を生む。

 その決断がどちらに向かうのか。

 私は静かに、次の数字を待っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

全てを疑う婚約者は運命の番も疑う

夏見颯一
恋愛
疑ってかかる婚約者は全てを疑ってかかる。 タイトル通りです。 何かが起こっているようで、疑った所為で結果的には何も起きなかった。そんな話です。 5話+番外編。 【彼の両親の運命】だけは死にネタです。ご注意下さい。 一話完結型。 運命の番の話を書いてみたかったので書いてみました。 番に関して少し独自解釈があります。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

【完結】 嘘と後悔、そして愛

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
伯爵令嬢ソニアは15歳。親に勝手に決められて、一度も会ったことのない10歳離れた侯爵リカルドに嫁ぐために辺境の地に一人でやってきた。新婚初夜、ソニアは夫に「夜のお務めが怖いのです」と言って涙をこぼす。その言葉を信じたリカルドは妻の気持ちを尊重し、寝室を別にすることを提案する。しかしソニアのその言葉には「嘘」が隠れていた……

処理中です...