18 / 40
第十八話 新しい席
しおりを挟む
第十八話 新しい席
王宮の財務監督室は、これまで「形式上は存在するが、実務は別の部署が担う」場所だった。
今、その部屋の机に座っているのは、私だ。
窓からは王都南区の再開発区画が見える。足場の上で職人たちが再び動き始めているのが分かる。
「本日の報告です」
新任財務顧問が書類を差し出す。以前は彼が主導していたが、今は立場が変わった。
上下関係ではない。
役割の整理。
私は報告書を開く。
国債利回り、安定圏内へ。
交易保証料、再調整済み。
港湾取扱量、回復傾向。
「一時的な落ち着きです」
私は言う。
「構造が整ったかどうかは、三ヶ月を見なければ判断できません」
「承知しております」
顧問の声は素直だ。対抗心は感じない。
彼もまた、数字に従う人間なのだ。
机の上には、新たに作成された監査計画書がある。
再開発区画の資金流入経路、支出項目、利回り予測。
以前は“信頼”の名で曖昧にされていた部分に、具体的な数字が入る。
「この区画の装飾費は」
私は指摘する。
「当初計画より一割高い」
「急ぎで資材を確保した影響かと」
「優先順位を下げてください」
感情は挟まない。
必要なものと、後回しにできるもの。
仕分けるだけ。
昼過ぎ、王太子エドガーが監督室を訪れた。
周囲の空気がわずかに緊張する。
「状況は」
彼は短く問う。
「安定傾向です」
私は報告書を差し出す。
「ただし、税制改正の影響は継続中。庶民層の負担が残っています」
「税率を戻せば」
「一時的な穴が生まれます」
彼は黙る。
「段階的調整を提案します」
私は続ける。
「交易回復と同時に、追加課税を縮小。物価と連動させる仕組みに」
エドガーはしばらく報告書を見つめる。
「……以前の君は、ここにいなかった」
静かな言葉。
「以前は、裏でした」
「今は違う」
「契約が違います」
私は淡々と答える。
感傷を持ち込む余地はない。
彼は小さく息を吐く。
「隣国の公爵は、まだ接触しているか」
「いいえ」
「ならば、安心だ」
その言葉に、私は目を上げる。
「安心は、構造で得るものです」
彼は一瞬だけ苦笑する。
「相変わらずだな」
「変わったのは、席だけです」
彼はそれ以上何も言わず、監督室を出ていった。
夕刻、私は再開発区画を視察した。
足場の上で、若い職人が笑っている。
「動き出しましたね」
監督官グレゴールが言う。
「まだ慎重に進めます」
「ええ」
以前よりも、工程は細かく管理されている。
保証があるからではない。
監査があるからだ。
夜、書斎で一人、今日の報告をまとめる。
市場は落ち着きを取り戻しつつある。
だが完全ではない。
税制の段階的調整、交易の拡大、再開発の効率化。
課題は山積みだ。
私は窓の外を見る。
王都の灯りは穏やかだ。
以前はその灯りを、少し離れた位置から見ていた。
今は、中心にいる。
だが不思議と、高揚はない。
責任だけがある。
新しい席。
それは名誉でも復讐でもない。
役割だ。
王国は、まだ完全に安定してはいない。
だが、崩れかけた構造は組み直されつつある。
私は帳簿を閉じ、静かに息を吐く。
道具ではない。
名を持つ立場。
その意味を、数字で示す時が来ている。
王宮の財務監督室は、これまで「形式上は存在するが、実務は別の部署が担う」場所だった。
今、その部屋の机に座っているのは、私だ。
窓からは王都南区の再開発区画が見える。足場の上で職人たちが再び動き始めているのが分かる。
「本日の報告です」
新任財務顧問が書類を差し出す。以前は彼が主導していたが、今は立場が変わった。
上下関係ではない。
役割の整理。
私は報告書を開く。
国債利回り、安定圏内へ。
交易保証料、再調整済み。
港湾取扱量、回復傾向。
「一時的な落ち着きです」
私は言う。
「構造が整ったかどうかは、三ヶ月を見なければ判断できません」
「承知しております」
顧問の声は素直だ。対抗心は感じない。
彼もまた、数字に従う人間なのだ。
机の上には、新たに作成された監査計画書がある。
再開発区画の資金流入経路、支出項目、利回り予測。
以前は“信頼”の名で曖昧にされていた部分に、具体的な数字が入る。
「この区画の装飾費は」
私は指摘する。
「当初計画より一割高い」
「急ぎで資材を確保した影響かと」
「優先順位を下げてください」
感情は挟まない。
必要なものと、後回しにできるもの。
仕分けるだけ。
昼過ぎ、王太子エドガーが監督室を訪れた。
周囲の空気がわずかに緊張する。
「状況は」
彼は短く問う。
「安定傾向です」
私は報告書を差し出す。
「ただし、税制改正の影響は継続中。庶民層の負担が残っています」
「税率を戻せば」
「一時的な穴が生まれます」
彼は黙る。
「段階的調整を提案します」
私は続ける。
「交易回復と同時に、追加課税を縮小。物価と連動させる仕組みに」
エドガーはしばらく報告書を見つめる。
「……以前の君は、ここにいなかった」
静かな言葉。
「以前は、裏でした」
「今は違う」
「契約が違います」
私は淡々と答える。
感傷を持ち込む余地はない。
彼は小さく息を吐く。
「隣国の公爵は、まだ接触しているか」
「いいえ」
「ならば、安心だ」
その言葉に、私は目を上げる。
「安心は、構造で得るものです」
彼は一瞬だけ苦笑する。
「相変わらずだな」
「変わったのは、席だけです」
彼はそれ以上何も言わず、監督室を出ていった。
夕刻、私は再開発区画を視察した。
足場の上で、若い職人が笑っている。
「動き出しましたね」
監督官グレゴールが言う。
「まだ慎重に進めます」
「ええ」
以前よりも、工程は細かく管理されている。
保証があるからではない。
監査があるからだ。
夜、書斎で一人、今日の報告をまとめる。
市場は落ち着きを取り戻しつつある。
だが完全ではない。
税制の段階的調整、交易の拡大、再開発の効率化。
課題は山積みだ。
私は窓の外を見る。
王都の灯りは穏やかだ。
以前はその灯りを、少し離れた位置から見ていた。
今は、中心にいる。
だが不思議と、高揚はない。
責任だけがある。
新しい席。
それは名誉でも復讐でもない。
役割だ。
王国は、まだ完全に安定してはいない。
だが、崩れかけた構造は組み直されつつある。
私は帳簿を閉じ、静かに息を吐く。
道具ではない。
名を持つ立場。
その意味を、数字で示す時が来ている。
0
あなたにおすすめの小説
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
全てを疑う婚約者は運命の番も疑う
夏見颯一
恋愛
疑ってかかる婚約者は全てを疑ってかかる。
タイトル通りです。
何かが起こっているようで、疑った所為で結果的には何も起きなかった。そんな話です。
5話+番外編。
【彼の両親の運命】だけは死にネタです。ご注意下さい。
一話完結型。
運命の番の話を書いてみたかったので書いてみました。
番に関して少し独自解釈があります。
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
あの素晴らしい愛をもう一度
仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは
33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。
家同士のつながりで婚約した2人だが
婚約期間にはお互いに惹かれあい
好きだ!
私も大好き〜!
僕はもっと大好きだ!
私だって〜!
と人前でいちゃつく姿は有名であった
そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった
はず・・・
このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。
あしからず!
【完結】 嘘と後悔、そして愛
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
伯爵令嬢ソニアは15歳。親に勝手に決められて、一度も会ったことのない10歳離れた侯爵リカルドに嫁ぐために辺境の地に一人でやってきた。新婚初夜、ソニアは夫に「夜のお務めが怖いのです」と言って涙をこぼす。その言葉を信じたリカルドは妻の気持ちを尊重し、寝室を別にすることを提案する。しかしソニアのその言葉には「嘘」が隠れていた……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる