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第1話 白の誓約――名門ヴァルモント家に嫁いだ日
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第1話
白の誓約――名門ヴァルモント家に嫁いだ日
白薔薇で飾られた大聖堂は、息を呑むほどに美しかった。
高い天井から差し込む光が、白い大理石の床に反射し、まるで祝福そのものが形を持ったかのように輝いている。
ジェシカ・ヴァルモントは、その中央に立っていた。
純白のドレスは仕立て職人の技の結晶で、動くたびに柔らかな光を孕む。周囲から注がれる視線は、羨望と賞賛、そしてわずかな嫉妬。名門ヴァルモント家に嫁ぐ令嬢として、これ以上ないほど完璧な姿だった。
隣に立つ夫――アルヴィン・ヴァルモントは、穏やかな微笑みを浮かべている。整った容貌、落ち着いた物腰、誰に対しても礼を失さない態度。
社交界では「理想の貴族」「次代を担う模範」とまで評される人物だ。
そのアルヴィンが、静かに誓いの言葉を口にする。
「私は、妻ジェシカを正式な伴侶として迎え、ヴァルモント家の名において、彼女を尊重することを誓います」
続いて、司祭が厳かな声で告げた。
「――これは“白の誓約”。
家と家を結ぶ、形式と責務を重んじる婚姻である」
その言葉に、参列者たちは一斉に頷いた。
白の誓約。
それはこの王国において、珍しくもない結婚の形だった。愛情よりも家格、情よりも責任を優先する、貴族社会に根付いた制度。
ジェシカも、その意味を理解していたつもりだった。
(愛がなくても、尊重があればいい)
(夫婦としての役割を果たせば、それで――)
そう思い込もうとしていた。
「ジェシカ・ヴァルモント。あなたは、アルヴィンを夫として受け入れますか」
一瞬の間。
なぜか胸の奥が、ひどく静まり返った。
けれど、彼女は微笑みを崩さず、はっきりと答える。
「……はい。受け入れます」
その瞬間、拍手と祝福の声が大聖堂を満たした。
誰もが、完璧な結婚だと信じて疑わなかった。
式の後、夜会の席で、ジェシカは何度も同じ言葉を投げかけられた。
「素晴らしいご縁ですわね」
「アルヴィン様ほどの方はいませんわ」
「羨ましい限りです」
彼女はそのたびに、優雅に微笑み、同じ答えを返す。
「ありがとうございます。とても幸せですわ」
その言葉に嘘はない――そう、思いたかった。
だが、夜会の喧騒の中、ふと隣に立つアルヴィンの横顔を見た瞬間、胸の奥に小さな違和感が芽生えた。
彼は完璧だった。
完璧すぎるほどに。
視線は常に一歩引いており、触れ合う距離も、どこか計算されたように保たれている。手を取る仕草は丁寧だが、そこに温もりは感じられなかった。
(……気のせいよ)
ジェシカは心の中でそう言い聞かせる。
これは白の誓約。情熱的な愛を求めるものではない。
それでも――。
夜会が終わり、馬車で屋敷へ戻る道すがら。
二人きりの静寂の中で、アルヴィンは窓の外を見つめたまま、ほとんど言葉を発しなかった。
「……今日は、お疲れでしょうか」
勇気を出してそう尋ねると、彼は一瞬だけこちらを見て、微笑む。
「問題ありません。式も夜会も、滞りなく終わりましたから」
完璧な返答。
だが、その声はどこか遠い。
屋敷に到着し、それぞれの部屋へ向かう前、アルヴィンは淡々と告げた。
「今夜は、互いに休みましょう。
白の誓約です。無理をする必要はありません」
その言葉に、ジェシカは頷くしかなかった。
広い寝室に一人残され、ドレスを脱ぎながら、彼女は自分の胸に手を当てた。
祝福されたはずの結婚初夜。
なのに、胸に残るのは安堵ではなく、言葉にできない静けさ。
(私は……本当に、幸せなのかしら)
その問いに答えは出ないまま、蝋燭の火が静かに揺れた。
この日、ジェシカはまだ知らなかった。
この完璧に見えた白の誓約が、やがて彼女の人生を根底から揺るがす、偽りの始まりであることを。
白の誓約――名門ヴァルモント家に嫁いだ日
白薔薇で飾られた大聖堂は、息を呑むほどに美しかった。
高い天井から差し込む光が、白い大理石の床に反射し、まるで祝福そのものが形を持ったかのように輝いている。
ジェシカ・ヴァルモントは、その中央に立っていた。
純白のドレスは仕立て職人の技の結晶で、動くたびに柔らかな光を孕む。周囲から注がれる視線は、羨望と賞賛、そしてわずかな嫉妬。名門ヴァルモント家に嫁ぐ令嬢として、これ以上ないほど完璧な姿だった。
隣に立つ夫――アルヴィン・ヴァルモントは、穏やかな微笑みを浮かべている。整った容貌、落ち着いた物腰、誰に対しても礼を失さない態度。
社交界では「理想の貴族」「次代を担う模範」とまで評される人物だ。
そのアルヴィンが、静かに誓いの言葉を口にする。
「私は、妻ジェシカを正式な伴侶として迎え、ヴァルモント家の名において、彼女を尊重することを誓います」
続いて、司祭が厳かな声で告げた。
「――これは“白の誓約”。
家と家を結ぶ、形式と責務を重んじる婚姻である」
その言葉に、参列者たちは一斉に頷いた。
白の誓約。
それはこの王国において、珍しくもない結婚の形だった。愛情よりも家格、情よりも責任を優先する、貴族社会に根付いた制度。
ジェシカも、その意味を理解していたつもりだった。
(愛がなくても、尊重があればいい)
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そう思い込もうとしていた。
「ジェシカ・ヴァルモント。あなたは、アルヴィンを夫として受け入れますか」
一瞬の間。
なぜか胸の奥が、ひどく静まり返った。
けれど、彼女は微笑みを崩さず、はっきりと答える。
「……はい。受け入れます」
その瞬間、拍手と祝福の声が大聖堂を満たした。
誰もが、完璧な結婚だと信じて疑わなかった。
式の後、夜会の席で、ジェシカは何度も同じ言葉を投げかけられた。
「素晴らしいご縁ですわね」
「アルヴィン様ほどの方はいませんわ」
「羨ましい限りです」
彼女はそのたびに、優雅に微笑み、同じ答えを返す。
「ありがとうございます。とても幸せですわ」
その言葉に嘘はない――そう、思いたかった。
だが、夜会の喧騒の中、ふと隣に立つアルヴィンの横顔を見た瞬間、胸の奥に小さな違和感が芽生えた。
彼は完璧だった。
完璧すぎるほどに。
視線は常に一歩引いており、触れ合う距離も、どこか計算されたように保たれている。手を取る仕草は丁寧だが、そこに温もりは感じられなかった。
(……気のせいよ)
ジェシカは心の中でそう言い聞かせる。
これは白の誓約。情熱的な愛を求めるものではない。
それでも――。
夜会が終わり、馬車で屋敷へ戻る道すがら。
二人きりの静寂の中で、アルヴィンは窓の外を見つめたまま、ほとんど言葉を発しなかった。
「……今日は、お疲れでしょうか」
勇気を出してそう尋ねると、彼は一瞬だけこちらを見て、微笑む。
「問題ありません。式も夜会も、滞りなく終わりましたから」
完璧な返答。
だが、その声はどこか遠い。
屋敷に到着し、それぞれの部屋へ向かう前、アルヴィンは淡々と告げた。
「今夜は、互いに休みましょう。
白の誓約です。無理をする必要はありません」
その言葉に、ジェシカは頷くしかなかった。
広い寝室に一人残され、ドレスを脱ぎながら、彼女は自分の胸に手を当てた。
祝福されたはずの結婚初夜。
なのに、胸に残るのは安堵ではなく、言葉にできない静けさ。
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その問いに答えは出ないまま、蝋燭の火が静かに揺れた。
この日、ジェシカはまだ知らなかった。
この完璧に見えた白の誓約が、やがて彼女の人生を根底から揺るがす、偽りの始まりであることを。
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