白い仮面の結婚を捨てた私が、裁かれない場所を作るまで

ふわふわ

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第26話 沈黙の圧力

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第26話 沈黙の圧力

 

 評議院での発言から、三日。

 何かが変わった――
 そう断言できるほど、目に見える動きはまだなかった。

 

 けれど。

 

 沈黙の質が、変わっていた。

 

 屋敷に届く招待状の数は、減った。
 代わりに、内容の曖昧な書簡が増えた。

 

『先日はお疲れ様でした』
『お考えを、ぜひ非公式に』
『誤解があれば、解きたい』

 

 どれも、肝心なことは書いていない。

 

(動けないのね)

 

 ジェシカは、暖炉の前で封を一通ずつ閉じた。

 

「圧をかけてるつもりだな」

 

 アルヴィンが言う。

「無視すれば、孤立。
 応じれば、“取り込まれた”と広める」

 

「古いわね」

 

 ジェシカは、静かに笑った。

「でも、効くやり方でもある」

 

 その日の午後。
 思わぬ訪問者があった。

 

「ジェシカ・ヴァレンティーヌ様」

 

 名乗ったのは、
 王都法務院所属――
 監査官マルセル。

 

 穏やかな笑顔。
 だが、目は笑っていない。

 

「本日は、確認のために」

 

「確認?」

 

「あなたが公開した一部資料についてです」

 

 来た、とジェシカは思った。

 

「虚偽の記載が含まれていないか。
 制度上、調査義務がありまして」

 

 アルヴィンが一歩、前に出る。

「任意ですか」

 

「形式上は」

 

 マルセルは、否定しなかった。

 

 ジェシカは、応接室に案内した。

 

「確認したい点は、何かしら」

 

「この証言です」

 

 机に置かれたのは、
 “拒否後に不利益を受けた”
 とされる事例の一つ。

 

「証言者の身元は?」

 

「保護対象です」

 

「では、虚偽かどうかは
 どう判断するのです?」

 

 マルセルは、一瞬だけ黙った。

 

「……総合的に」

 

「便利な言葉ですね」

 

 ジェシカは、淡々と言った。

 

「それは、“虚偽だと決めたい場合”に
 使う言葉です」

 

 空気が、張り詰める。

 

 マルセルは、ゆっくり息を吐いた。

「あなたは、
 制度を壊す存在だと
 見なされ始めています」

 

「壊すつもりはありません」

 

「問題提起は、
 往々にして破壊と呼ばれる」

 

 それは、忠告だった。

 

「これ以上踏み込めば、
 あなた自身の立場が危うい」

 

 ジェシカは、視線を逸らさなかった。

 

「それでも?」

 

「それでも、続けます」

 

 即答だった。

 

「壊れるのが制度なら、
 それは元から、
 守る価値のない形だっただけ」

 

 マルセルは、深く頷いた。

 

「記録します」

 

 それが、彼の仕事だった。

 

 夜。

 屋敷は静かだった。

 

 ジェシカは、机に向かい、
 新しい原稿に手を伸ばす。

 

 次に出すのは、
 暴露でも、告発でもない。

 

 “制度が守れなかった人間の、その後”。

 

 名前も、身分も伏せた、
 ただの事実。

 

 だが、それは――
 最も嫌われる形の真実だった。

 

(圧は、強くなる)

 

 それでも。

 

 沈黙で押し潰されるくらいなら、
 言葉で踏みとどまる。

 

 ジェシカは、ペンを走らせた。

 

 白い仮面の裏で、
 確実に、ひびが広がっている。

 

 次に割れるのは、
 誰の沈黙か――

 

 それを決めるのは、
 もう、評議院だけではなかった。
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