白い仮面の結婚を捨てた私が、裁かれない場所を作るまで

ふわふわ

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第38話 名前を奪われた側

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第38話 名前を奪われた側

 

 制度が動くとき、
 最初に失われるのは――
 余白だ。

 

 王城からの通達は、
 短かった。

 

 > 第三の場所は、
 > 「自発的滞在施設」として
 > 仮登録する。
 >
 > 利用者は、
 > 滞在理由と目的を
 > 申告すること。

 

 丁寧な文面。
 柔らかな言葉。

 

 だが、
 それは――
 名前を与える行為だった。

 

 ジェシカは、
 紙を折り畳み、
 火鉢に入れた。

 

 燃やさない。

 

 ただ、
 置いた。

 

 紙は、
 ゆっくりと熱を帯びる。

 

 焦げ目が、
 文字から先に浮かぶ。

 

 午前。

 

 第三の場所に、
 小さな変化が起きた。

 

 入口の前で、
 立ち止まる人が増えた。

 

 入らない。

 

 だが、
 帰らない。

 

 理由は、
 はっきりしている。

 

 書かされるのではないか
 という予感。

 

 ジェシカは、
 扉を全開にした。

 

 貼り紙も、
 説明も、
 一切ない。

 

 ただ、
 開いている。

 

 昼。

 

 王城の使者が来た。

 

「登録の件ですが」

 

「承知していません」

 

「……
 通達は?」

 

「読みました」

 

「では?」

 

 ジェシカは、
 椅子に腰掛けたまま言った。

 

「ここでは、
 理由を
 求めていません」

 

「ですが、
 王城としては――」

 

「王城は、
 名前が必要なのでしょう」

 

 一拍。

 

「でも、
 ここに来る人は、
 名前を
 外しに来ています」

 

 使者は、
 返す言葉を探した。

 

 見つからなかった。

 

 午後。

 

 初めて、
 涙を流す者がいた。

 

 若い男性。

 

 椅子に座ったまま、
 声もなく。

 

 誰も、
 声をかけない。

 

 数分後、
 彼は顔を上げた。

 

「……
 ここでは、
 何者にも
 ならなくていいんですね」

 

 ジェシカは、
 頷いた。

 

「ええ」

 

「失敗した人間でも?」

 

「失敗という
 言葉を
 使わなくていい」

 

 男性は、
 ゆっくりと息を吐いた。

 

「……
 名前を、
 置いてきたみたいだ」

 

 それが、
 この場所の
 正確な作用だった。

 

 夕刻。

 

 王城内部で、
 報告が上がる。

 

「登録が、
 進みません」

 

「理由は?」

 

「……
 利用者が、
 減っている」

 

 事実は、
 違った。

 

 申告可能な者だけが
 減っている。

 

 夜。

 

 アルヴィンが、
 低い声で言った。

 

「王城は、
 焦り始めている」

 

「当然です」

 

「名前を与えない場所は、
 管理できない」

 

 ジェシカは、
 窓の外を見た。

 

 灯りが、
 点々と揺れている。

 

「でも、
 名前を奪われてきた側には――」

 

 一拍。

 

「管理されない場所が
 必要だった」

 

 翌朝。

 

 第三の場所の前に、
 看板が立った。

 

 王城のものではない。

 

 木製。
 手書き。

 

 > ここでは
 > 名を問わない
 >
 > それだけです

 

 誰が立てたのか、
 分からない。

 

 ジェシカは、
 触れなかった。

 

 名前を奪う制度。

 

 そして、
 名前を外す場所。

 

 どちらが、
 秩序なのか。

 

 その問いは、
 もう
 王城の外に
 置かれていた。

 

 奪われた側が、
 初めて
 選び始めている

 

 それが、
 最も危険な変化だと――
 制度だけが、
 気づいていなかった。
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