婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第10話 静養の名の下に、騒がしくなる

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第10話 静養の名の下に、騒がしくなる

 修道院に、奇妙な噂が流れ始めたのは、その翌日だった。

 ――台所で、鉄が勝手にあったまる。
 ――元聖女様が、粉を焼いとる。
 ――しかも、えらい匂いがええ。

 朝の祈りを終えた修道女たちが、視線を交わしながら囁き合う。その中心にいるのが、ステラ・ダンクルであることは言うまでもない。

「……落ち着きがないですね、今日は」

 院長がそう言いながら、回廊を歩いていた。
 いつもなら、祈りの後は静寂が支配する時間帯だ。だが今日は違う。どこかそわそわしている。空気が、妙にあたたかい。

「そらそうやろ」

 院長の背後から、あっけらかんとした声が返ってきた。

「腹減っとる時間帯や」

 振り返ると、そこにステラがいた。
 いつもの修道服だが、袖を少しまくり、腰のあたりが妙に落ち着かない。明らかに“何かやる前”の人間の気配だった。

「ステラ様……今日は“静養”です」

「せやから静かに、粉焼いとるやん」

「……それは、静養とは言いません」

 院長の言葉に、ステラは首をかしげた。

「え? 体動かさんと、頭ばっかり使う方が不健康やで?」

 真顔で言われ、院長は言葉を失う。

「それに」

 ステラは続けた。

「昨日のやつ、みんな顔色よなったで」

 確かに、昨日“粉焼き”を口にした修道女たちは、朝から妙に元気だった。いつもより声が出て、足取りも軽い。

 院長は、内心で頭を抱えた。

 ――否定しきれないのが、一番厄介。

「……一応、確認しますが」

 院長は慎重に言葉を選ぶ。

「あなたは、この修道院をどうしたいのです?」

「どうもせん」

 ステラは即答した。

「ただ、腹減っとる人おったら、焼く。それだけや」

「……それが問題なのです」

「なんで?」

「ここは祈りの場であり、食堂ではありません」

「せやけどな」

 ステラは一歩近づいた。

「腹減っとると、祈りも雑になるで?」

 その一言が、院長の胸に刺さった。

 祈りが雑になる――それは、修道院にとって最大の禁句だ。

「……」

 院長は黙り込んだ。

「安心して」

 ステラは、急に柔らかく笑った。

「商売ちゃう。無料や。おかわりも、無理には勧めへん」

 その言い方が、完全に屋台の人間だった。

 結局、院長は条件付きで許可を出した。

・火は使わない
・祈りの時間を妨げない
・騒がしくしない

「任しとき」

 その返事の軽さに、不安しか残らなかったが。

 ――結果から言うと、その日、修道院は“やたら活気づいた”。

 台所の一角で、鉄皿が温まる。
 油がじゅっと音を立て、小麦粉が焼ける匂いが漂う。

「……なあ、これ、ほんまに食べてええん?」

「ええって。あっついから気ぃつけや」

 修道女が恐る恐る一口かじる。

「……!」

 目が見開かれる。

「美味しい……!」

「そらそうよ」

 ステラは胸を張る。

「粉と油と、ちょっとした工夫や」

「工夫……?」

「ひっくり返すタイミングやな」

 そう言いながら、くるりと焼き物を返す。その動きが、やけに手慣れている。

 ――ああ、この人、絶対“元聖女”より前の人生の方が長い。

 誰かが、そんなことを思った。

 昼前になるころには、修道女だけでなく、修道院に出入りする下働きの者たちも集まり始めていた。

「ステラ様、これ、何て名前なんです?」

「名前?」

 ステラは一瞬考え、

「……まだ無い」

「え?」

「そのうち考えるわ。今は“粉焼き一号”や」

 どっと笑いが起きる。

 その笑い声が、回廊に反響した。

 院長は遠くからその様子を見ていた。
 規律は確かに乱れている。だが、祈りの時間になると、誰もがきちんと持ち場に戻る。むしろ、集中力が増しているようにすら見えた。

「……厄介な人を預かってしまいましたね」

 隣にいた古参の修道女が、ぽつりと呟く。

「ええ」

 院長は小さく息を吐いた。

「ですが……完全な異端とも、言い切れません」

 その視線の先で、ステラが飴を配っていた。

「はい、これ、おまけや」

「え? いいんですか?」

「ええねんええねん。午後は長いで」

 受け取った者たちの顔が、ふっと緩む。

 その様子を見て、院長は理解してしまった。

 ――この女は、信仰を壊しているのではない。
 ――“生きる余裕”を差し込んでいるだけだ。

 夕方、ステラは鉄皿を拭きながら呟いた。

「静養ってな」

 誰にともなく。

「じっとすることやないと思うで」

 その背中を、修道院中が静かに見ていた。

 こうして修道院は、
 **“静かに騒がしい場所”**へと、少しずつ変わり始めていた。
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