婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第12話 偽聖女の胸に刺さる、違和感

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第12話 偽聖女の胸に刺さる、違和感

 王都・大神殿。

 白大理石の床に朝の光が差し込み、ステンドグラスの色彩が淡く揺れる。その中心に立つクレア・グレコは、静かに目を閉じていた。

「……女神よ」

 祈りの言葉は、完璧だった。声の震え、間の取り方、指先の角度まで、すべてが“聖女らしい”。周囲に控える神官たちの視線が、賞賛と安堵を帯びる。

 ――これでいい。
 ――私は、聖女だ。

 そう自分に言い聞かせるように、クレアはゆっくりと目を開けた。

「本日の祈りも、素晴らしゅうございました」

 高位司祭が微笑み、深く頷く。クレアは控えめに頭を下げ、感謝の言葉を返した。いつも通り。何一つ、問題はない。

 ……はずだった。

 儀式が終わり、控えの間へ戻る廊下で、クレアはふと足を止めた。胸の奥に、棘のような感覚が残っている。理由は分からない。ただ、引っかかる。

「……おかしい」

 呟きは、誰にも聞かれない。

 控えの間に入ると、側仕えの侍女が一通の書状を差し出した。

「王都教会より、報告書が届いております」

 クレアは一瞬だけ眉を動かした。王都教会から、ではない。辺境の修道院からの報告が、王都教会を経由して届いたのだ。

「……読み上げて」

「はい」

 侍女は、丁寧に文面を追う。

『当修道院における元聖女ステラ・ダンクルの行動は――』

 その名前を聞いた瞬間、クレアの指先がわずかに震えた。

 ――まだ、その名を出すの?

 侍女は続ける。

『規律違反には該当せず。修道女たちの健康および精神安定に寄与している』

 クレアの背筋に、冷たいものが走る。

「……精神安定?」

 思わず、声に出た。

「……はい。報告書には、そのように」

 侍女は戸惑いながらも続けた。

『食事の改善、祈りの集中力の向上が確認され――』

「やめて」

 クレアは、ぴしりと遮った。

 部屋の空気が、固まる。

「……それ以上は、いいわ」

「……かしこまりました」

 侍女が下がると、クレアは椅子に深く腰を下ろした。背もたれに体重を預け、天井を見上げる。

 ――おかしい。
 ――すべて、処理したはず。

 婚約破棄。追放。事故としての処理。辺境修道院への隔離。
 どれも、完璧だった。誰も疑わない。誰も掘り返さない。はずだった。

「……なんで、あの女が」

 思わず、歯ぎしりする。

 ステラ・ダンクル。
 常に穏やかで、反論せず、感情を表に出さない女。
 だからこそ、簡単だった。

 突き落としたときも、確信があった。

 ――この女は、騒がない。
 ――私を疑っても、声を上げない。

 だからこそ、あの悲鳴を上げた。
 “善意の目撃者”として、完璧な振る舞いを演じた。

「……なのに」

 胸の奥で、違和感が膨らむ。

 報告書の一文が、頭から離れない。

 ――精神安定に寄与。

 聖女とは、祈り、癒やし、導く存在。
 それを――祈り以外で成し得ている?

「……ばかばかしい」

 クレアは、首を振った。

「所詮、追放された元聖女。何ができるというの」

 そう言い切ってみても、胸のざわつきは消えない。

 別の侍女が、恐る恐る声をかけた。

「クレア様……次の祝福の儀式ですが」

「ええ。予定通り行うわ」

 即答だった。
 躊躇を見せれば、不安は周囲に伝染する。

「……ただし」

 クレアは、言葉を選ぶ。

「修道院の件、もう少し詳しい情報が欲しいわ」

「……調査、でしょうか?」

「“調査”なんて大げさなものじゃない」

 クレアは微笑んだ。
 完璧な、聖女の笑みで。

「ただの、確認よ」

 侍女が下がったあと、クレアは独り、窓辺に立った。王都の街が、遠くまで見渡せる。

 ――あの女は、何をしている?
 ――何を、掴み始めている?

 答えは、まだ見えない。
 だが、ひとつだけ確信があった。

 無視していい存在ではなくなっている。

 クレアは、そっと拳を握った。

「……今度は、慎重にやらないと」

 聖女の仮面の下で、冷たい計算が回り始める。

 一方その頃、辺境の修道院では――

「はいはい、熱いでー。ふーふーしてからやで」

 ステラ・ダンクルが、いつもの調子で粉焼きを配っていた。

 誰かの不安も、疑念も知らぬまま。
 それが、何よりクレアを苛立たせると――まだ、ステラ自身は気づいていなかった。
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