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第14話 静かな修道院に、風向きが変わる
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第14話 静かな修道院に、風向きが変わる
辺境修道院に、二度目の来訪者が現れたのは、午後の祈りが終わった直後だった。
前回とは違う。
今度は“視察”ではなく、“監査”の名目である。
「王都教会より派遣されました、監査官です」
名乗った男は、細身で無表情。法衣は上質だが、装飾は抑えられている。余計な感情を削ぎ落としたような人物だった。
院長は内心で覚悟を決める。
――来るべきものが、来た。
「本修道院における、元聖女ステラ・ダンクルの行動について、確認に参りました」
その言葉に、周囲の空気が一段、張りつめる。
「……ステラ様は、現在、台所に」
「結構です。案内を」
監査官の声には、余地がなかった。
台所では、いつも通りの光景が広がっていた。
「はいはい、今日はちょっと薄めな。腹に優しいやつや」
ステラが粉を混ぜ、鉄皿を温める。修道女たちは慣れた手つきで皿を受け取り、笑顔を見せている。
「……」
監査官は、その様子を黙って観察していた。
「あなたが、ステラ・ダンクルですか」
声をかけられ、ステラは顔を上げる。
「せやけど。なんや、試食?」
「……質問をします」
「ええよ」
焼く手を止めない。
「ここは、修道院です」
「知っとるで」
「あなたの行動は、規律から逸脱している可能性があります」
「どこが?」
即答だった。
「祈りの時間は守っとる。火は使ってへん。騒いでもへん」
監査官は、一瞬言葉に詰まる。
「……あなたは、聖女として追放された身です」
「せやな」
「なぜ、今も“人を導く”ような真似を?」
その問いに、ステラは手を止めた。
鉄皿の上で、じゅっと小さな音が鳴る。
「導いとるつもりは、あらへん」
振り返り、真っ直ぐに言う。
「腹減っとる人に、温いもん渡しとるだけや」
「それが、“影響力”を持つのです」
監査官の声が、わずかに強まる。
「あなたの存在は、教会の判断を疑わせかねない」
その言葉に、周囲の修道女たちが息を呑んだ。
だが、ステラは肩をすくめるだけだった。
「疑うも何も」
にっと笑う。
「うち、ここでは“元”やで?」
監査官の視線が鋭くなる。
「……あなたは、王都に戻る意思は?」
「ない」
迷いのない答え。
「ここ、気に入っとる」
修道女たちの表情が、思わず緩む。
監査官は、静かに息を吐いた。
「……最後に、ひとつ確認を」
「なに?」
「あなたは、“奇跡”を行使していますか」
空気が、ぴんと張る。
ステラは、少し考えてから言った。
「奇跡言われてもなぁ」
懐から飴を一つ取り出し、ころりと台に置く。
「これ、温もるだけやで?」
指先が淡く光り、鉄皿がほんのり赤みを帯びる。
「……」
監査官は、目を細めた。
「治癒ではない。祝福でもない。ただの……」
「便利機能や」
即答。
「それ以上でも以下でもあらへん」
沈黙が落ちる。
監査官は、周囲を見渡した。
怯えも、混乱もない。あるのは、落ち着いた日常。
「……分かりました」
やがて、そう告げた。
「本件は、“経過観察”とします」
院長が、ほっと息を吐く。
「ただし」
監査官は、ステラを見た。
「これ以上、波紋を広げぬように」
「任しとき」
ステラは、いつもの調子で言った。
「波立てる気は、あらへん」
監査官が去ったあと、台所に静寂が戻る。
「……ステラ様」
修道女の一人が、不安そうに声をかけた。
「大丈夫や」
ステラは、鉄皿を拭きながら言う。
「今はな」
その夜、ステラは自室で窓の外を眺めていた。
星が、昨日より近く見える。
「……向こう、焦り始めとるな」
頭の奥の声が、低く笑う。
――せや。
――おばちゃんが“何もしてへん”のが、一番怖いんや。
「ほんまそれ」
ステラは、飴を口に放り込んだ。
「ほな、次は何が来るやろな」
修道院の夜は、変わらず静かだ。
だがその静けさの裏で、
王都と教会の歯車が、
少しずつ、狂い始めていた。
辺境修道院に、二度目の来訪者が現れたのは、午後の祈りが終わった直後だった。
前回とは違う。
今度は“視察”ではなく、“監査”の名目である。
「王都教会より派遣されました、監査官です」
名乗った男は、細身で無表情。法衣は上質だが、装飾は抑えられている。余計な感情を削ぎ落としたような人物だった。
院長は内心で覚悟を決める。
――来るべきものが、来た。
「本修道院における、元聖女ステラ・ダンクルの行動について、確認に参りました」
その言葉に、周囲の空気が一段、張りつめる。
「……ステラ様は、現在、台所に」
「結構です。案内を」
監査官の声には、余地がなかった。
台所では、いつも通りの光景が広がっていた。
「はいはい、今日はちょっと薄めな。腹に優しいやつや」
ステラが粉を混ぜ、鉄皿を温める。修道女たちは慣れた手つきで皿を受け取り、笑顔を見せている。
「……」
監査官は、その様子を黙って観察していた。
「あなたが、ステラ・ダンクルですか」
声をかけられ、ステラは顔を上げる。
「せやけど。なんや、試食?」
「……質問をします」
「ええよ」
焼く手を止めない。
「ここは、修道院です」
「知っとるで」
「あなたの行動は、規律から逸脱している可能性があります」
「どこが?」
即答だった。
「祈りの時間は守っとる。火は使ってへん。騒いでもへん」
監査官は、一瞬言葉に詰まる。
「……あなたは、聖女として追放された身です」
「せやな」
「なぜ、今も“人を導く”ような真似を?」
その問いに、ステラは手を止めた。
鉄皿の上で、じゅっと小さな音が鳴る。
「導いとるつもりは、あらへん」
振り返り、真っ直ぐに言う。
「腹減っとる人に、温いもん渡しとるだけや」
「それが、“影響力”を持つのです」
監査官の声が、わずかに強まる。
「あなたの存在は、教会の判断を疑わせかねない」
その言葉に、周囲の修道女たちが息を呑んだ。
だが、ステラは肩をすくめるだけだった。
「疑うも何も」
にっと笑う。
「うち、ここでは“元”やで?」
監査官の視線が鋭くなる。
「……あなたは、王都に戻る意思は?」
「ない」
迷いのない答え。
「ここ、気に入っとる」
修道女たちの表情が、思わず緩む。
監査官は、静かに息を吐いた。
「……最後に、ひとつ確認を」
「なに?」
「あなたは、“奇跡”を行使していますか」
空気が、ぴんと張る。
ステラは、少し考えてから言った。
「奇跡言われてもなぁ」
懐から飴を一つ取り出し、ころりと台に置く。
「これ、温もるだけやで?」
指先が淡く光り、鉄皿がほんのり赤みを帯びる。
「……」
監査官は、目を細めた。
「治癒ではない。祝福でもない。ただの……」
「便利機能や」
即答。
「それ以上でも以下でもあらへん」
沈黙が落ちる。
監査官は、周囲を見渡した。
怯えも、混乱もない。あるのは、落ち着いた日常。
「……分かりました」
やがて、そう告げた。
「本件は、“経過観察”とします」
院長が、ほっと息を吐く。
「ただし」
監査官は、ステラを見た。
「これ以上、波紋を広げぬように」
「任しとき」
ステラは、いつもの調子で言った。
「波立てる気は、あらへん」
監査官が去ったあと、台所に静寂が戻る。
「……ステラ様」
修道女の一人が、不安そうに声をかけた。
「大丈夫や」
ステラは、鉄皿を拭きながら言う。
「今はな」
その夜、ステラは自室で窓の外を眺めていた。
星が、昨日より近く見える。
「……向こう、焦り始めとるな」
頭の奥の声が、低く笑う。
――せや。
――おばちゃんが“何もしてへん”のが、一番怖いんや。
「ほんまそれ」
ステラは、飴を口に放り込んだ。
「ほな、次は何が来るやろな」
修道院の夜は、変わらず静かだ。
だがその静けさの裏で、
王都と教会の歯車が、
少しずつ、狂い始めていた。
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