婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第15話 奪われた粉と、増えた人の数

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第15話 奪われた粉と、増えた人の数

 変化は、静かに、しかし露骨に始まった。

 朝の祈りを終え、台所へ向かった修道女が、足を止める。

「……ステラ様」

「ん?」

 振り返ったステラの前で、修道女は戸棚を指差した。

「粉が……ありません」

 油も、ない。
 昨日まで確かにあったはずの小麦粉と油壺が、きれいに消えている。

「……ほう」

 ステラは、腕を組んだ。

 ――来たな。

 頭の奥の声が、低く鳴る。

 ――露骨やけど、分かりやすい手や。

「せやな」

 ステラは、深く頷いた。

「“何もするな”言われて、何もできんようにしたつもりやろ」

 修道女たちは、不安そうに顔を見合わせる。

「……今日は、粉焼き、できませんか?」

「できへん」

 即答。

 空気が、しゅんと沈む。

 だが、ステラは続けた。

「せやけど、昼にはできる」

「え?」

 修道女が、顔を上げる。

「買い出し行こ」

 修道院の門の前で、院長は腕を組んで立っていた。

「……ステラ様」

「ん?」

「外出は、原則禁止です」

「粉と油、無いで?」

 院長は、言葉に詰まった。

「……王都教会の判断でしょう。物資は、必要最低限のみと」

「最低限、腹減るんは含まれへんの?」

 真顔で問われ、院長は目を逸らす。

「……修道院は、祈りの場です」

「せやな」

 ステラは頷いた。

「せやから、腹減ったまま祈らせるんは、拷問やで」

 院長は、しばらく黙り込んだ末、溜息をついた。

「……一刻だけです。町の市場まで」

「おおきに」

 その言葉が終わる前に、ステラはもう歩き出していた。

 久しぶりの修道院の外。
 石畳を抜け、小さな町へ降りる。

 市場は質素だが、人の気配が濃い。

「……おや?」

 露店の主人が、ステラを見て声を上げた。

「修道院の……聖女様、でしたっけ?」

「元、な」

 ステラは笑う。

「粉、ある?」

「え、ええ。ありますが……」

「油も」

「……あります」

「ほな、それ全部」

 主人の目が丸くなる。

「え? そんなに?」

「腹減っとる人、ぎょうさんおるからな」

 代金を払おうとすると、主人が慌てて首を振った。

「いえ、いいです!」

「なんで?」

「……この前、修道院の修道女さんが」

 主人は、少し照れたように言った。

「“ここ、あったかい匂いする”って笑ってて」

 ステラは、一瞬黙った。

 ――知らんところで、広がっとったんか。

「ほな、半分でええ」

「いえ、全部持ってってください!」

「……しゃあないな」

 代わりに、懐から飴を出す。

「これ、おまけ」

「……え?」

「甘いで」

 主人は受け取り、笑った。

 修道院へ戻ると、門の前に人がいた。

 町の子ども、老人、荷運びの男。

「……なんや、今日は賑やな」

 院長が、目を見開く。

「ステラ様……これは……」

「買い出し帰り」

 粉袋を持ち上げる。

「ついでに、連れてきた」

「連れて……?」

「腹減っとる人」

 その言葉に、院長は理解した。

 ――奪われたのは、粉だけではない。
 ――“ここで食べられる”という噂が、外に出た。

 台所は、久しぶりに本気で動いた。

 鉄皿が温まり、油が広がる。

 修道女だけでなく、町の人間も列を作る。

「ええんですか?」

「ええねん。祈りの時間前までやで」

 ステラは、淡々と焼き続けた。

 その様子を、院長は遠くから見ていた。

 規律は、確かに揺れている。
 だが――

 祈りの鐘が鳴ると、人々は静かに引いた。

「……戻ろ」

 誰かが言う。

「また、祈りの後に」

 誰も騒がない。誰も居座らない。

 院長は、気づいてしまった。

 ――奪おうとした結果、
 ――“場”が、修道院の外まで広がった。

 その夜、王都教会へ報告が上がる。

『辺境修道院周辺に、人の往来が増加』

『修道院の影響力、拡大の兆候あり』

 一方、修道院の一室で――

「……あかんな」

 ステラは、鉄皿を拭きながら呟いた。

「粉取り上げたら、人増えたわ」

 頭の奥の声が、笑う。

 ――ざまぁの準備、進んどるで。

「せやな」

 ステラは、飴を一つ口に放り込んだ。

「まだ、うちは何もしてへんけどな」

 その“何もしていない”が、
 すでに最大の反撃になっていることを――
 向こうは、まだ理解していなかった。
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