婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第18話 優しさを疑われる日

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第18話 優しさを疑われる日

 線を引いた翌日、修道院は妙に落ち着いていた。

 人の出入りは減り、門の外に溜まる影もない。
 その代わり――空気が、少し硬い。

「……静かすぎるな」

 ステラ・ダンクルは、回廊を歩きながら呟いた。

 昨日の話し合いは、確かに通じた。
 だが、“納得”と“理解”は別物だ。

 ――表では頷いても、腹の中までは見えへん。

「せやね」

 頭の奥の声が応じる。

 ――線引きいうのはな、
 ――必ず“はみ出した人”を作る。

 その予感は、すぐに現実になった。

 昼前、院長が険しい顔でステラを呼びに来た。

「ステラ様……少し、よろしいですか」

「ん?」

「修道女の一部から、声が上がっています」

 ステラは、歩みを止めた。

「どんな?」

「……“冷たくなった”と」

 その言葉に、ステラは一瞬、目を伏せた。

「……ほかには?」

「“聖女らしくない”
 “助けを断るのは、聖域の否定だ”と」

 院長の声は、淡々としているが、内心の揺れは隠しきれていない。

「なるほど」

 ステラは、深く息を吐いた。

「出る思うてた」

 院長は、少し驚いた。

「……想定内、ですか」

「せや」

 ステラは、ゆっくり言う。

「優しさってな、
 際限なく出すと“義務”になる」

 院長は、黙って聞いている。

「義務になった瞬間、
 “足りへん”言われ始める」

 その言葉に、院長の表情が曇る。

「……それでも、修道院は“助ける場”です」

「助けるで」

 ステラは、即答した。

「せやけど、“代わりに生きる”場所やない」

 沈黙。

 院長は、慎重に問いかけた。

「……反発が広がったら、どうなさいます?」

 ステラは、少し考えたあと、笑った。

「広がったら、話す」

「……それでも?」

「それでも納得せん人はな」

 肩をすくめる。

「うちの仕事ちゃう」

 冷たい、と言われる言葉だ。
 だが、覚悟のある冷たさだった。

 その日の午後、修道院の裏庭で、小さな集まりが開かれていた。

 修道女が数人、ひそひそと話している。

「……最近のステラ様、変わったと思わない?」

「前は、もっと……」

「そう。何でも受け入れてくれる感じだったのに」

 その輪の外で、若い修道女が立ち止まった。

 ――昨日、最初に飴をもらった子だ。

「……違うと思います」

 思わず、口に出た。

「え?」

「ステラ様は、前から変わってません」

 皆が、彼女を見る。

「前は、何も言わなかっただけです」

 沈黙。

「今は……ちゃんと、言ってるだけ」

 空気が、微妙に揺れた。

 その様子を、少し離れた場所から、ステラは見ていた。

「……あの子、成長したな」

 頭の奥の声が、感心したように言う。

 ――線引きは、
 ――周りも育てるんや。

「せやな」

 だが、その日の夕方――
 別の“声”も届く。

 町から来た老人が、門の外で騒いだ。

「前はくれたのに!」

「今日は、何もないのか!」

 修道女たちが、困惑する。

「……決まりですから」

「冷たいな!」

 その言葉が、刃のように飛ぶ。

 ステラは、門の前に出た。

「おっちゃん」

「なんや!」

「昨日、話したやろ」

 老人は、言葉に詰まった。

「……せやけど、期待したんや」

 その本音に、ステラは少しだけ目を細めた。

「期待するのは、悪ない」

 静かに言う。

「せやけどな、
 期待“だけ”で来る場所ちゃう」

 老人は、何か言い返そうとして、結局黙った。

「今日は、これだけ」

 ステラは、飴を一つ渡した。

「明日は、自分で飯作り」

「……分かった」

 背中が、少し小さく見えた。

 その夜、王都では。

 クレア・グレコが、報告書を読み、唇を歪めていた。

『修道院内にて、元聖女に対する賛否が分裂』

「……ほう」

 クレアは、低く笑う。

「やっと、亀裂が入った」

 侍女が、恐る恐る尋ねる。

「……このまま、様子を?」

「いいえ」

 クレアは、即答した。

「“優しさを疑わせる”のよ」

 目が、冷たく光る。

「一番、信仰を壊せる」

 一方、修道院では――

「優しさ疑われる日が来るとはな」

 ステラは、独り言を呟いた。

 頭の奥の声が、静かに返す。

 ――ほんまの試練は、
 ――ここからや。

「知っとる」

 ステラは、飴を口に放り込む。

「それでも、引かへん」

 修道院の夜は、静かだ。
 だがその静けさは、
 嵐の前の静けさでもあった。

 優しさを疑われる――
 それは、
 本当に人を助け始めた者だけが通る道なのだから。
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