婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第20話 噂は、最初に“正義”の顔をする

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第20話 噂は、最初に“正義”の顔をする

 翌朝、修道院の門前は静かだった。

 人影も少なく、風の音だけが回廊を抜けていく。
 ――嵐の前は、だいたいこんなもんや。

「……来るな」

 ステラ・ダンクルは、台所の隅で腕を組んだ。

 昨日、クレア・グレコは引いた。
 だが、それは敗走ではない。
 仕込みが終わった合図だ。

 頭の奥の声が、低く言う。

 ――噂はな、
 ――いきなり悪意で来ぇへん。

「せやね」

 ステラは、小さく頷いた。

「最初は、“心配”とか“正義”や」

 その予感は、昼前には現実になった。

 修道女の一人が、青い顔で駆け込んでくる。

「ステラ様……町で……」

「噂?」

 修道女は、こくんと頷いた。

「“修道院が施しを独占している”と……」

 ステラは、ゆっくり息を吐いた。

「来たな」

 続けて、別の修道女。

「“元聖女が、人を選別している”とも……」

「せやろな」

 そして、三人目。

「“教会の支援を拒んだのは、私欲のため”と……」

 その言葉で、修道女たちの間に動揺が走る。

「……そんな」

「違います……」

 ステラは、手を上げて制した。

「落ち着き」

 声は、いつもより低い。

「噂はな、否定した瞬間に“図星”になる」

 修道女たちが、息を呑む。

「やから、今は――」

 一拍置く。

「黙っとく」

「……え?」

「黙っとくんや」

 はっきりと。

「正義の顔した噂は、
 反論されたがっとる」

 院長が、困惑した表情で近づく。

「……しかし、放置すれば」

「放置ちゃう」

 ステラは、院長を見る。

「“反応せん”だけや」

 その違いが、分かるかどうか。
 院長は、しばらく考えてから、頷いた。

「……分かりました」

 だが、噂は修道院の外で、勢いを増していく。

 ――あそこは、施しを選んでいる。
 ――気に入った者だけ助ける。
 ――だから、教会の支援を断った。

 どれも、事実を少しずつ歪めたものだった。
 そして、歪みは“正しさ”の衣を着ている。

 午後、町の広場で、声を上げる者が出た。

「教会は、すべての人を救うべきだ!」

「一修道院が、勝手な判断をするな!」

 それを聞き、修道女たちが不安になる。

「……ステラ様」

「大丈夫や」

 ステラは、落ち着いて言った。

「今は、“数”を見とるだけや」

「数……?」

「噂に乗る人数」

 ステラは、静かに分析していた。

「全員ちゃう」

「声でかいのは、一部や」

 その通りだった。
 声を荒げる者はいるが、大半は様子見だ。

 ――正義の噂は、
 ――“空気”を作るまでが勝負。

 夕方、院長のもとに、正式な通達が届く。

『辺境修道院における施しの在り方について、
 王都教会は“再検討”を求める』

「……再検討、ですか」

 院長の声が、かすれる。

「要するに、口出しや」

 ステラは、即答した。

「でもな」

 飴を一つ、口に放り込む。

「これ、向こうも焦っとる証拠や」

「……なぜ?」

「噂だけやったら、動かんでええ」

「通達出すいうことは、
 噂が制御できてへん」

 院長は、はっとした。

「……確かに」

 その夜、修道女の一人が、ステラの部屋を訪ねた。

「……怖いです」

 正直な声だった。

「私たちが、間違っているのではないかと……」

 ステラは、椅子に腰を下ろし、修道女の目を見る。

「なあ」

 優しく。

「今日、誰か腹減ったまま帰した?」

「……いいえ」

「誰か、怒鳴りつけた?」

「……いいえ」

「誰か、金取った?」

「……いいえ」

 修道女の目に、涙が浮かぶ。

「……なら、大丈夫や」

 ステラは、ゆっくり言った。

「噂が正しいなら、
 まず“現場”が荒れる」

「荒れてへんいうことは、
 噂が嘘や」

 修道女は、深く息を吸った。

「……ありがとうございます」

 夜更け、王都の一室で。

 クレア・グレコは、報告を聞いていた。

「……噂は、順調です」

「ええ」

 クレアは、満足そうに頷く。

「次は、“正義の確認”をするだけ」

「確認、とは?」

 クレアの唇が、薄く笑う。

「公式に“問題があるかどうか”を調べる」

 それは――
 公開処刑の準備だった。

 一方、修道院で。

「ほな、次はこれやな」

 ステラは、机に紙を広げた。

「噂が“事実かどうか”を、
 向こうが調べに来る」

 頭の奥の声が、静かに言う。

 ――逃げ場、なくなるで。

「せやけど」

 ステラは、にっと笑った。

「逃げる気、ない」

 噂は、正義の顔をして広がった。
 次に来るのは――
 “正義の名を借りた裁き”。

 それでもステラ・ダンクルは、
 飴を一つ、懐にしまった。

「やかましい?
 知らんがな」

 静かな修道院で、
 次の一手が、静かに整えられていた。

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