婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第21話 正義は、書類を持ってやって来る

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第21話 正義は、書類を持ってやって来る

 朝から、修道院の空気は重かった。

 空が曇っているわけでも、風が荒れているわけでもない。
 ただ――来ると分かっている者を待つ空気だった。

「……来はるな」

 ステラ・ダンクルは、回廊の窓から門の方を見下ろした。

 頭の奥の声が、静かに応じる。

 ――噂の次はな、
 ――“確認”や。

「せやろな」

 昼前、馬車が二台、門前に止まった。

 教会の紋章。
 正装した修道士。
 巻物と帳簿を抱えた補佐官。

「……調査団です」

 院長の声が、少し硬い。

「“施しの運営実態の確認”やろ?」

 ステラは、落ち着いたままだ。

「予定通りや」

 門が開き、調査団が入ってくる。

 先頭に立つのは、痩せた中年の司祭。
 目が細く、笑わない。

「王都教会より参りました」

 形式的な一礼。

「本日より数日間、
 修道院の活動を確認させていただきます」

「どないぞ」

 ステラは、即答した。

 その素直さに、司祭は一瞬だけ眉を動かす。

「……協力的で助かります」

「そらそうや」

 ステラは肩をすくめる。

「隠すこと、あらへんし」

 調査は、淡々と始まった。

 施しの回数。
 配給の量。
 断った事例の記録。

 帳簿をめくる音だけが、静かに響く。

「……この日、配給を断った者がいますね」

 司祭が、紙を指で叩く。

「はい」

 院長が答える。

「理由は?」

「連日、同一人物による過剰な要求でした」

「……過剰、とは主観では?」

 その一言に、空気が張りつめる。

 ステラが、口を挟んだ。

「主観やで」

 全員が、彼女を見る。

「せやけどな」

 ゆっくり、言葉を選ぶ。

「空腹は、主観ちゃう」

「同じ人が三日連続で“足りへん”言うたら、
 それは“生活”の問題や」

 司祭は、淡々と返す。

「教会は、すべてを救う場です」

「せやな」

 ステラは、頷いた。

「でも、修道院は“生活代行所”ちゃう」

 司祭の眉が、わずかに動く。

「……それは、教義に反する可能性があります」

「ほな聞くけど」

 ステラは、少し前に出た。

「教会は、その人の明日の飯、
 ずっと用意してくれるん?」

 沈黙。

「せえへんやろ」

「せやから、ここでは
 “次につながる助け”しかせえへん」

 司祭は、書類に目を落とした。

「……記録上、“施しを断られた”という声が、複数あります」

「あるやろな」

 ステラは、あっさり認めた。

「線、引いたから」

 修道女たちが、息を呑む。

「線を引くこと自体が、
 不公平を生むのでは?」

 別の補佐官が口を挟む。

「公平ってな」

 ステラは、軽く笑った。

「全員を同じように不幸にすることやないで」

 補佐官が、言葉に詰まる。

「腹減ってる人間に、
 “公平”って言葉だけ渡しても、
 腹は膨れへん」

 司祭は、ペンを置いた。

「……あなたは、随分と現実的ですね」

「現場やからな」

 ステラは、即答した。

「机の上より、腹の音の方が信用できる」

 調査団の空気が、少しずつ変わっていく。

 敵意ではない。
 困惑だ。

 彼らは、“悪意”を探しに来た。
 だが、出てくるのは地味な現実ばかり。

「……この修道女」

 司祭が、名簿を指す。

「以前は、別の修道院に?」

「はい」

 若い修道女が、緊張しながら答える。

「……ここに来て、どうですか」

 質問は、想定外だった。

「……忙しいです」

 一瞬の沈黙。

「でも」

 修道女は、はっきり言った。

「意味があります」

 司祭は、何も言わず、記した。

 調査は、夕方まで続いた。

 数字も、記録も、整っている。
 不正はない。
 だが――理想的でもない。

 それが、一番厄介だった。

 調査団が引き上げる前、司祭が言った。

「結論は、後日」

「せやろな」

 ステラは、平然としている。

「でも、一つだけ言わせて」

 司祭は、視線を向ける。

「正義いうのはな」

 ステラは、静かに言った。

「紙に書いた瞬間、
 現場から一歩離れる」

 司祭は、答えなかった。

 馬車が去り、修道院に静けさが戻る。

「……怖かったです」

 修道女が、ぽつりと漏らす。

「せやろ」

 ステラは、飴を一つ差し出した。

「でもな」

 にっと笑う。

「今の調査、
 向こうが一番困っとる」

「……どうして?」

「悪者が、おらんかったからや」

 頭の奥の声が、低く笑う。

 ――正義はな、
 ――敵がおらんと、立たれへん。

「せや」

 ステラは、空を見上げた。

「次は、もっと強引に来る」

 遠くで、鐘が鳴る。

 正義は、書類を持って来た。
 だが――
 まだ、裁けるものを見つけられていない。

 それが、
 この日の最大の収穫だった。
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