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第25話 正義が統一された日、現場が止まった
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第25話 正義が統一された日、現場が止まった
王都教会の通達は、思ったより早く、そして重かった。
『施しの指針を全修道院で統一する』
『例外的判断を禁ず』
『配給量・回数・対象条件を明文化する』
――紙は、完璧や。
「……止まるな」
ステラ・ダンクルは、その文書を一読して、そう呟いた。
頭の奥の声が、静かに同意する。
――現場が、止まる。
「せやろな」
指針施行初日。
修道院の朝は、異様なほど静かだった。
「……ステラ様」
修道女が、帳簿を抱えて立ち尽くしている。
「この方……条件に合いません」
門の外には、腰の曲がった老婆。
昨日まで、毎朝ここで温かい粥を受け取っていた。
「年齢は対象内やけど、
“自力生活可”に分類されとる……」
「……歩けるからな」
ステラは、老婆を見た。
歩ける。
確かに、歩ける。
だが、買い物袋を持つ手は震えている。
「……今日は、渡されへんの?」
老婆の声は、弱い。
修道女は、答えられなかった。
「……決まり、ですから」
その言葉が、空気を冷やす。
ステラは、ゆっくり前に出た。
「おばあちゃん」
「……はい」
「今日はな、ここでは渡されへん」
老婆の目が、伏せられる。
「せやけど」
ステラは、声を落とす。
「裏口、回って」
修道女が、はっとした。
「ステラ様……!」
「決まりは、表や」
小さく、笑う。
「裏は、生活や」
老婆は、何が起きているのか分からないまま、頷いた。
それは、最初の“歪み”だった。
昼前。
「……配給、滞ってます」
「苦情が、出始めています」
「帳簿が、追いつきません……」
修道院は、急に忙しくなった。
いや、忙しいのに、進まない。
決まりを確認。
条件を照合。
署名を待つ。
人の腹は、待ってくれない。
「……これが、“正義の統一”や」
ステラは、台所で呟いた。
頭の奥の声が、低く言う。
――正義は、
――現場を信じへん。
午後、別の修道院から使いが来た。
「……同じです」
疲れ切った顔。
「決まりに合わない方が、
山ほど出て……」
「怒鳴られました?」
「……泣かれました」
沈黙。
その夜、王都の広場では。
「教会の指針は、正しい!」
昨日まで声を張り上げていた修道士が、演説している。
「公平な施しが、始まったのです!」
拍手。
だが、その拍手は、どこか軽い。
一方、修道院の裏。
ステラは、鍋をかき混ぜていた。
「はい、これ」
老婆に、粥を渡す。
「……ありがとう」
「ええって」
ステラは、肩をすくめる。
「今日は、寒いしな」
その様子を、若い修道女が見ていた。
「……これ、続けていいんでしょうか」
「続けるで」
即答だった。
「表の正義が、
腹満たしてくれへん限りな」
翌日。
苦情は、教会にも届き始めた。
『決まり通りなのに、助からない』
『数字は合っているが、生活が合っていない』
クレア・グレコは、報告書を睨んでいた。
「……おかしいわね」
数字は、完璧だ。
理論も、正しい。
「……現場が、うるさすぎる」
苛立ちが、声に滲む。
その頃、修道院では。
「……助かりました」
別の町から来た母親が、深く頭を下げる。
「本当は……条件、外れてます」
「知っとる」
ステラは、あっさり言った。
「せやから、声小さめにな」
母親は、泣き笑いの顔になった。
その様子を見ていた修道女が、ぽつりと呟く。
「……正義って、何なんでしょう」
ステラは、鍋の火を止めた。
「正義いうのはな」
ゆっくり、言う。
「統一された瞬間、
誰かの生活を置いてく」
外では、教会の鐘が鳴っている。
同じ音。
同じ時間。
だが、修道院の裏では、
別の時間が流れていた。
正義が統一された日。
その日から、
現場は止まり始めた。
そして、その“止まり”は、
やがて大きな反発となって、
正義の方へ、押し返されることになる。
王都教会の通達は、思ったより早く、そして重かった。
『施しの指針を全修道院で統一する』
『例外的判断を禁ず』
『配給量・回数・対象条件を明文化する』
――紙は、完璧や。
「……止まるな」
ステラ・ダンクルは、その文書を一読して、そう呟いた。
頭の奥の声が、静かに同意する。
――現場が、止まる。
「せやろな」
指針施行初日。
修道院の朝は、異様なほど静かだった。
「……ステラ様」
修道女が、帳簿を抱えて立ち尽くしている。
「この方……条件に合いません」
門の外には、腰の曲がった老婆。
昨日まで、毎朝ここで温かい粥を受け取っていた。
「年齢は対象内やけど、
“自力生活可”に分類されとる……」
「……歩けるからな」
ステラは、老婆を見た。
歩ける。
確かに、歩ける。
だが、買い物袋を持つ手は震えている。
「……今日は、渡されへんの?」
老婆の声は、弱い。
修道女は、答えられなかった。
「……決まり、ですから」
その言葉が、空気を冷やす。
ステラは、ゆっくり前に出た。
「おばあちゃん」
「……はい」
「今日はな、ここでは渡されへん」
老婆の目が、伏せられる。
「せやけど」
ステラは、声を落とす。
「裏口、回って」
修道女が、はっとした。
「ステラ様……!」
「決まりは、表や」
小さく、笑う。
「裏は、生活や」
老婆は、何が起きているのか分からないまま、頷いた。
それは、最初の“歪み”だった。
昼前。
「……配給、滞ってます」
「苦情が、出始めています」
「帳簿が、追いつきません……」
修道院は、急に忙しくなった。
いや、忙しいのに、進まない。
決まりを確認。
条件を照合。
署名を待つ。
人の腹は、待ってくれない。
「……これが、“正義の統一”や」
ステラは、台所で呟いた。
頭の奥の声が、低く言う。
――正義は、
――現場を信じへん。
午後、別の修道院から使いが来た。
「……同じです」
疲れ切った顔。
「決まりに合わない方が、
山ほど出て……」
「怒鳴られました?」
「……泣かれました」
沈黙。
その夜、王都の広場では。
「教会の指針は、正しい!」
昨日まで声を張り上げていた修道士が、演説している。
「公平な施しが、始まったのです!」
拍手。
だが、その拍手は、どこか軽い。
一方、修道院の裏。
ステラは、鍋をかき混ぜていた。
「はい、これ」
老婆に、粥を渡す。
「……ありがとう」
「ええって」
ステラは、肩をすくめる。
「今日は、寒いしな」
その様子を、若い修道女が見ていた。
「……これ、続けていいんでしょうか」
「続けるで」
即答だった。
「表の正義が、
腹満たしてくれへん限りな」
翌日。
苦情は、教会にも届き始めた。
『決まり通りなのに、助からない』
『数字は合っているが、生活が合っていない』
クレア・グレコは、報告書を睨んでいた。
「……おかしいわね」
数字は、完璧だ。
理論も、正しい。
「……現場が、うるさすぎる」
苛立ちが、声に滲む。
その頃、修道院では。
「……助かりました」
別の町から来た母親が、深く頭を下げる。
「本当は……条件、外れてます」
「知っとる」
ステラは、あっさり言った。
「せやから、声小さめにな」
母親は、泣き笑いの顔になった。
その様子を見ていた修道女が、ぽつりと呟く。
「……正義って、何なんでしょう」
ステラは、鍋の火を止めた。
「正義いうのはな」
ゆっくり、言う。
「統一された瞬間、
誰かの生活を置いてく」
外では、教会の鐘が鳴っている。
同じ音。
同じ時間。
だが、修道院の裏では、
別の時間が流れていた。
正義が統一された日。
その日から、
現場は止まり始めた。
そして、その“止まり”は、
やがて大きな反発となって、
正義の方へ、押し返されることになる。
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