婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第26話 止まった現場は、静かに怒り始める

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第26話 止まった現場は、静かに怒り始める

 指針統一から、五日目。

 修道院の門前は、以前より人が少なくなっていた。
 ――正確には、「来なくなった」のではない。
 来ても、何も得られないと学んだのだ。

「……誰も来ぇへんな」

 ステラ・ダンクルは、門の内側から外を見て呟いた。

 頭の奥の声が、低く返す。

 ――怒りいうのはな、
 ――最初は声にならへん。

「せやな」

 怒鳴り込みもない。
 抗議もない。
 ただ、人が消えただけ。

 それが一番、危ない。

 修道女の一人が、帳簿を抱えて近づく。

「……今日の配給、規定通り全て完了しました」

「せやろな」

 ステラは、表の帳簿を見ない。

「でも、腹は減っとるやろ」

 修道女は、唇を噛んだ。

「……はい」

 表の配給は、完璧だった。
 条件に合う者だけに、決められた量を、決められた回数。

 数字は、きれいだ。

 だが――
 裏口は、忙しくなっていた。

「……ステラ様」

 若い修道女が、小声で言う。

「昨日、三人……夜に来ました」

「せやろな」

「全員、“条件外”でした」

「知っとる」

 ステラは、淡々と答える。

「条件外が増えるいうことはな、
 条件が現実とズレとる証拠や」

 その夜。

 修道院の裏庭に、小さな列ができていた。

 声を潜め、目立たぬように。
 怒りも、文句もない。

 ただ――疲れた顔。

「……すみません」

 中年の男が、頭を下げる。

「もう……どこにも、行くところが……」

「ええよ」

 ステラは、鍋から粥をよそった。

「今日は、ここ」

「明日は……分からへん」

 それでも、男は泣いた。

 施しをもらえたからではない。
 拒絶されなかったからだ。

 その様子を、修道女たちは黙って見ていた。

「……これ、続けるんですか」

 誰かが、恐る恐る尋ねる。

「続けるで」

 ステラは、即答した。

「現場止まっとるんやから」

「でも……教会に知られたら」

「知っとる」

 ステラは、肩をすくめた。

「せやから、“静かに”や」

 翌日。

 王都教会に、奇妙な報告が届き始めた。

『指針に従っているが、
 支援対象者が減少している』

『数字上は改善しているが、
 町の雰囲気が悪化している』

 クレア・グレコは、書類をめくる。

「……減少?」

「はい。申請数が、急に」

「おかしいわね」

 彼女は、眉をひそめた。

「正義が、正しく機能しているなら、
 感謝の声が増えるはず……」

 だが、増えない。

 感謝は、数字に出ない。
 不満も、まだ数字にならない。

 その“間”が、今だった。

 一方、修道院。

 若い修道女が、ぽつりと漏らす。

「……正義って、
 人を黙らせるんですね」

「せや」

 ステラは、頷いた。

「声上げたら、
 “規定違反”言われるからな」

「でも……」

「でも、黙り続けると」

 ステラは、鍋の火を弱める。

「次は、爆発する」

 その日の夕方。

 門の外で、初めて怒鳴り声が上がった。

「ふざけるな!」

 男の声。

「昨日まで、助ける言うてたやろ!」

 修道女たちが、身構える。

 ステラは、静かに門を開けた。

「どないした」

「どないしたやない!」

 男は、目を血走らせている。

「決まり、決まり言うて!」

「腹減っとるんや!」

 周囲に、人が集まり始める。

 ――来た。

 ステラは、男を真っ直ぐ見た。

「怒るの、遅いわ」

 男が、言葉を失う。

「本気で怒るんやったらな」

 静かに、続ける。

「もっと、早よ怒らなあかん」

 ざわめき。

「せやけど」

 声を少しだけ、強める。

「今、怒っとるいうことは」

「もう、限界やいうことや」

 男の拳が、震えた。

「……どうすれば、ええんや」

 その一言で、空気が変わった。

 怒りは、
 助けを求める形に変わった。

 ステラは、答えた。

「今は、食え」

 粥を渡す。

「明日からは」

 一拍置く。

「一緒に、声上げる」

 その言葉は、
 約束でも、命令でもなかった。

 ただの、現場の選択だった。

 夜。

 修道院の灯りが、静かに揺れる。

 止まった現場は、
 黙り、耐え、
 そして――怒り始めた。

 その怒りは、
 正義に向かって、
 ゆっくりと、歩き出している。

 ステラ・ダンクルは、
 その歩幅を、ちゃんと見ていた。
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