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第28話 正義が走り出すと、誰かが踏まれる
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第28話 正義が走り出すと、誰かが踏まれる
見直し案は、翌朝には出た。
早すぎる。
それが、何よりの証拠だった。
『統一指針・改訂案』
『例外条項の追加』
『緊急支援枠の新設』
『申請・審査の二段階化』
「……あほや」
ステラ・ダンクルは、紙を見て一言だけ吐き捨てた。
頭の奥の声が、低く続ける。
――正義が走り出した。
「せやな」
走り出した正義は、止まらない。
そして、走る正義は――足元を見ない。
修道院の朝は、さらに混乱していた。
「……申請書、増えてます」
「審査待ちが……」
「“緊急”なのに、順番待ちです」
修道女たちの声が、疲れを帯びる。
「緊急やのに、待たせるん?」
ステラは、苦笑した。
「それ、もう緊急ちゃうやろ」
新しい正義は、“配慮”の顔をしている。
だが実態は――手続きの増殖だった。
門の外で、老婆が立ち尽くしていた。
「……今日は、もらえるんかね」
声が、かすれている。
修道女が、申請書を差し出す。
「こちらを……」
老婆は、紙を見て、首を振った。
「字、読めん」
沈黙。
ステラは、前に出た。
「おばあちゃん」
「……はい」
「今日はな」
一拍置く。
「正義が、忙しい日や」
老婆は、意味が分からないまま、ただ頷いた。
「裏、来」
修道女が、慌てて止めようとする。
「ステラ様!
今は“緊急枠”がありますから……」
「それ、
今日の昼までに通る?」
「……分かりません」
「ほな、答え出とる」
ステラは、老婆の手を取った。
昼。
王都では、記者向けの説明会が開かれていた。
「新指針は、
現場の声を反映したものです」
クレア・グレコは、堂々と語る。
「柔軟性を高め、
より多くの人を救う」
拍手。
だが、その拍手は――急いでいる。
質問が飛ぶ。
「申請が複雑になったとの声も」
「一時的な混乱です」
「現場の負担は?」
「慣れれば解消されます」
クレアは、笑みを崩さない。
正義は、走っている。
止まる気はない。
一方、修道院。
門前で、若い母親が泣き崩れた。
「……昨日までは、もらえたのに」
「今日は、申請が……」
修道女が、言葉を探す。
ステラは、しゃがみ込んだ。
「何人?」
「……子ども、二人」
「食うた?」
「……昨日の夜から……」
それ以上、聞く必要はなかった。
「来」
裏へ誘導する。
その様子を、遠巻きに見る視線がある。
――教会の監督官だ。
「……また、規定外ですね」
冷たい声。
「記録します」
「どないぞ」
ステラは、振り返った。
「正義、走っとるやろ」
「今、
踏まれとるの、誰やと思う?」
監督官は、答えない。
「走るもんはな」
ステラは、静かに言う。
「足元の石、全部覚えとられへん」
「せやから、
一番弱いとこ、踏む」
夕方。
修道女の一人が、限界を迎えた。
「……もう、無理です」
声が、震える。
「正義守れ言われて、
目の前の人、見捨てろ言われて……」
ステラは、肩に手を置いた。
「見捨ててへん」
「……でも」
「表で守れん分、
裏で守っとる」
「それが、現場や」
夜。
王都教会に、報告が積み上がる。
『緊急枠、処理遅延』
『現場の負担増大』
『非公式対応の増加』
クレアは、書類を見下ろした。
「……非公式?」
眉が、ぴくりと動く。
「……まだ、制御可能」
自分に言い聞かせるように、呟く。
一方、修道院の裏。
ステラは、鍋の前に立っていた。
「正義が走り出すときな」
修道女たちに向かって言う。
「一番踏まれるんは、
声出されへん人や」
鍋の中で、粥が静かに揺れる。
「せやから」
ステラは、柄杓を持ち上げた。
「うちらは、走らん」
「歩く」
「立ち止まる」
「しゃがむ」
修道女たちは、黙って頷いた。
外では、鐘が鳴る。
正義は、全力で走っている。
だが、その影で――
踏まれた声が、確実に溜まり始めていた。
そしてその重みは、
いずれ正義そのものを、
止める力になる。
見直し案は、翌朝には出た。
早すぎる。
それが、何よりの証拠だった。
『統一指針・改訂案』
『例外条項の追加』
『緊急支援枠の新設』
『申請・審査の二段階化』
「……あほや」
ステラ・ダンクルは、紙を見て一言だけ吐き捨てた。
頭の奥の声が、低く続ける。
――正義が走り出した。
「せやな」
走り出した正義は、止まらない。
そして、走る正義は――足元を見ない。
修道院の朝は、さらに混乱していた。
「……申請書、増えてます」
「審査待ちが……」
「“緊急”なのに、順番待ちです」
修道女たちの声が、疲れを帯びる。
「緊急やのに、待たせるん?」
ステラは、苦笑した。
「それ、もう緊急ちゃうやろ」
新しい正義は、“配慮”の顔をしている。
だが実態は――手続きの増殖だった。
門の外で、老婆が立ち尽くしていた。
「……今日は、もらえるんかね」
声が、かすれている。
修道女が、申請書を差し出す。
「こちらを……」
老婆は、紙を見て、首を振った。
「字、読めん」
沈黙。
ステラは、前に出た。
「おばあちゃん」
「……はい」
「今日はな」
一拍置く。
「正義が、忙しい日や」
老婆は、意味が分からないまま、ただ頷いた。
「裏、来」
修道女が、慌てて止めようとする。
「ステラ様!
今は“緊急枠”がありますから……」
「それ、
今日の昼までに通る?」
「……分かりません」
「ほな、答え出とる」
ステラは、老婆の手を取った。
昼。
王都では、記者向けの説明会が開かれていた。
「新指針は、
現場の声を反映したものです」
クレア・グレコは、堂々と語る。
「柔軟性を高め、
より多くの人を救う」
拍手。
だが、その拍手は――急いでいる。
質問が飛ぶ。
「申請が複雑になったとの声も」
「一時的な混乱です」
「現場の負担は?」
「慣れれば解消されます」
クレアは、笑みを崩さない。
正義は、走っている。
止まる気はない。
一方、修道院。
門前で、若い母親が泣き崩れた。
「……昨日までは、もらえたのに」
「今日は、申請が……」
修道女が、言葉を探す。
ステラは、しゃがみ込んだ。
「何人?」
「……子ども、二人」
「食うた?」
「……昨日の夜から……」
それ以上、聞く必要はなかった。
「来」
裏へ誘導する。
その様子を、遠巻きに見る視線がある。
――教会の監督官だ。
「……また、規定外ですね」
冷たい声。
「記録します」
「どないぞ」
ステラは、振り返った。
「正義、走っとるやろ」
「今、
踏まれとるの、誰やと思う?」
監督官は、答えない。
「走るもんはな」
ステラは、静かに言う。
「足元の石、全部覚えとられへん」
「せやから、
一番弱いとこ、踏む」
夕方。
修道女の一人が、限界を迎えた。
「……もう、無理です」
声が、震える。
「正義守れ言われて、
目の前の人、見捨てろ言われて……」
ステラは、肩に手を置いた。
「見捨ててへん」
「……でも」
「表で守れん分、
裏で守っとる」
「それが、現場や」
夜。
王都教会に、報告が積み上がる。
『緊急枠、処理遅延』
『現場の負担増大』
『非公式対応の増加』
クレアは、書類を見下ろした。
「……非公式?」
眉が、ぴくりと動く。
「……まだ、制御可能」
自分に言い聞かせるように、呟く。
一方、修道院の裏。
ステラは、鍋の前に立っていた。
「正義が走り出すときな」
修道女たちに向かって言う。
「一番踏まれるんは、
声出されへん人や」
鍋の中で、粥が静かに揺れる。
「せやから」
ステラは、柄杓を持ち上げた。
「うちらは、走らん」
「歩く」
「立ち止まる」
「しゃがむ」
修道女たちは、黙って頷いた。
外では、鐘が鳴る。
正義は、全力で走っている。
だが、その影で――
踏まれた声が、確実に溜まり始めていた。
そしてその重みは、
いずれ正義そのものを、
止める力になる。
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