婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第29話 踏まれた声が、つながり始める

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第29話 踏まれた声が、つながり始める

 正義が走り続けて、三日。

 修道院の裏庭には、以前とは違う“気配”があった。

 列はある。
 人も多い。
 だが――静かすぎる。

「……これは、変わったな」

 ステラ・ダンクルは、鍋の前でそう呟いた。

 怒鳴り声も、泣き声もない。
 あるのは、互いに場所を譲り合う仕草と、
 目線だけの会話。

 頭の奥の声が、低く言う。

 ――怒りが、形変えとる。

「せやな」

 これは爆発の前兆ではない。
 結束の前触れだ。

 裏庭の隅で、若い母親が別の老婆に声をかけた。

「……先にどうぞ」

「ええの?」

「私は、まだ大丈夫です」

 老婆は、深く頭を下げた。

 その様子を見て、修道女が戸惑った顔をする。

「……並び方、決めてないのに」

「決まりはな」

 ステラは、小さく笑った。

「勝手に生まれるもんや」

 昼過ぎ。

 門の外に、見慣れた顔が現れた。

「……あんた」

 ステラは、目を細める。

「この前、怒鳴ってたおっちゃんやな」

 男は、気まずそうに頭を掻いた。

「……今日は、怒鳴らへん」

「知っとる」

 ステラは、即答した。

「顔がちゃう」

 男は、しばらく黙ってから言った。

「……隣町でも、同じや」

「条件増えて、
 紙増えて、
 結局、何も進まん」

「みんな、黙っとる」

「せやけど……」

 男は、声を落とす。

「腹減っとる」

 その言葉に、周囲の人間が、わずかに頷いた。

 ステラは、鍋を見た。

「今日の分、足りるか?」

 修道女が、小さく首を振る。

「……ぎりぎりです」

「ほな」

 ステラは、列に向き直った。

「今日はな」

 全員が、こちらを見る。

「全員分、は無理や」

 ざわめきが、起きかける。

「せやけど」

 声を、少しだけ強める。

「ここにおる全員が、
 “明日につながる”ようにはする」

 沈黙。

 そして、誰かが言った。

「……それで、ええ」

 別の声。

「文句言うてる暇、ない」

 列が、再び静まった。

 その様子を、遠くから見ている人影があった。

 ――別の修道院の修道士だ。

「……すごいな」

 隣の者が、呟く。

「規定も、申請も、
 何も言うてへんのに」

「……秩序が、ある」

 その言葉は、評価だった。

 夕方。

 王都教会に、異質な報告が届く。

『辺境修道院周辺にて、
 住民同士の自発的支援が発生』

『配給を受けた者が、
 別の者へ分け与える事例あり』

「……は?」

 クレア・グレコは、眉をひそめた。

「それ、
 正義の範囲外やろ」

「はい。しかし……」

「しかし?」

「止められません」

 クレアは、机を指で叩いた。

「……勝手な善意は、混乱を生む」

 だが、その声には、焦りが混じっていた。

 一方、修道院の裏。

 夜の配給が終わり、人が引いたあと。

 ステラは、腰を下ろした。

「……つながったな」

 修道女が、頷く。

「今日、初めてでした」

「何が?」

「“ありがとう”じゃなくて」

 一拍置く。

「“また明日”って、言われたの」

 ステラは、少し驚いてから、笑った。

「それや」

 頭の奥の声が、静かに言う。

 ――正義は、
 ――一方通行や。

「せや」

 ステラは、夜空を見る。

「せやけど、生活はな」

「行ったり来たりや」

 遠くで、別の町の鐘が鳴った。

 同じ時間に、
 同じ不満を抱えた人間が、
 別の場所でも並んでいる。

 そして、そこでもきっと――
 声を出さずに、つながり始めている。

 クレアは、まだ知らない。

 正義を走らせすぎた結果、
 人々が、
 正義を通さずに助け合い始めたことを。

 それは、暴動より厄介で、
 革命より静かな――
 価値観の反転だった。

 ステラ・ダンクルは、
 鍋を洗いながら、ぽつりと呟いた。

「正義がな」

「要らん言われ始めたら、
 もう、終わりやで」

 踏まれた声は、
 もう一人の声とつながった。

 次は――
 無視できへん数になる。
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