婚約破棄追放された公爵令嬢、前世は浪速のおばちゃんやった。 ―やかましい?知らんがな!飴ちゃん配って正義を粉もんにした結果―

ふわふわ

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第30話 正義が、要らないと言われた日

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第30話 正義が、要らないと言われた日

 王都教会の会議室は、重かった。

 誰も怒鳴っていない。
 机を叩く者もいない。
 だが――空気だけが、焦っている。

「……数字が、合いません」

 報告役の修道士が、紙を握りしめた。

「申請件数は減少しています。
 しかし――」

「しかし?」

 クレア・グレコが、低く促す。

「“困窮者数”の推計が、下がっていない」

 沈黙。

「……どういうこと」

「支援を受けていない層が、
 依然として存在しています」

「なら、申請すればいいでしょう」

 クレアの声は、冷静を装っている。

「規定は整っています」

 修道士は、言いにくそうに続けた。

「……申請しないのです」

「……は?」

「“行っても無駄だ”と」

 その言葉が、会議室に落ちた。

「……誰が、そんなことを」

「町の者たちが、です」

 別の修道士が補足する。

「“裏で助け合っているから”と」

 クレアの指が、止まった。

「……裏?」

「公式な支援ではなく、
 住民同士、修道院の“非公式”な動きで……」

「止めなさい」

 クレアは、即座に言った。

「非公式は、秩序を壊す」

「……止まりません」

 修道士の声が、震える。

「誰が、指示しているのです?」

「……誰も」

 沈黙。

「……誰も?」

「はい。
 “勝手に”です」

 クレアは、ゆっくり椅子にもたれた。

 ――最悪の答えだった。

 誰かが扇動していれば、潰せる。
 命令があれば、禁じられる。
 だが、“勝手に”は――止められない。

 一方、修道院。

 裏庭は、以前よりも整っていた。

 列は短い。
 声は小さい。
 そして――配られる量も、減っている。

「……少ないな」

 若い男が、粥を見て言った。

「せや」

 ステラ・ダンクルは、あっさり認めた。

「でも、昨日よりは持つ」

 男は、頷いた。

「隣の家と、分ける」

「ほな、それでええ」

 それが、普通の会話になっていた。

 修道女が、ぽつりと呟く。

「……誰も、文句言わなくなりました」

「せやろ」

 ステラは、鍋をかき混ぜる。

「文句いうのはな、
 期待がある証拠や」

「今は?」

「期待、
 正義に向いてへん」

 修道女は、はっとする。

「……私たちに?」

「ちゃう」

 ステラは、首を振る。

「お互いに、や」

 午後。

 王太子アッシュが、再び修道院を訪れた。

「……噂以上だな」

 門前の様子を見て、低く言う。

「誰も、教会の話をしていない」

「せやろ」

 ステラは、笑った。

「正義、話題にすらならん」

「……それは、危険だ」

 アッシュの声は、重い。

「教会にとっても、国にとっても」

「せやな」

 ステラは、否定しなかった。

「正義はな」

 一拍置く。

「“要る”言われとる間だけ、
 存在できる」

 アッシュは、黙った。

「誰も使わん正義は、
 看板だけ残る」

「……どうなる?」

「倒れる」

 即答だった。

 その頃、王都。

 クレアは、一人、書類の山に埋もれていた。

『支援未申請率 上昇』
『非公式支援 活性化』
『教会関与率 低下』

「……なぜ」

 唇が、わずかに震える。

「正義は……正しいのに」

 だが、正しさは、腹を満たさない。
 正しさは、今日を越えさせない。

 夕方、王都教会は声明を準備した。

『非公式支援は、混乱を招く恐れがある』
『公式ルートを通すことが、安全である』

 だが、その文は――広がらなかった。

 誰も、読まなかった。

 読む必要が、なかった。

 一方、修道院の夜。

 火を落とした鍋を前に、ステラは言った。

「明日な」

 修道女たちを見る。

「多分、
 教会から“最後の一手”来る」

「……弾圧、ですか」

「ちゃう」

 ステラは、首を振る。

「“取り込む”」

 頭の奥の声が、低く続ける。

 ――勝てへん正義は、
 ――寄ってくる。

「せや」

 ステラは、飴を一つ配った。

「でもな」

 にっと笑う。

「もう、要らん言われとる」

 外では、人々が静かに家路につく。

 教会の鐘が鳴っても、
 誰も足を止めない。

 正義が、要らないと言われた日。
 それは、暴力でも革命でもなかった。

 ただ――
 人々が、別のやり方で生き始めただけ。

 そして翌日、
 正義は、
 最後の顔を作って、やって来る。
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