『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします

ふわふわ

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第三話 揺らぐ王宮

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第三話 揺らぐ王宮

 王宮の財務局は、普段なら静寂と規律に包まれている。

 だがその朝、空気はどこか落ち着かなかった。

「北方鉱山より報告です。掘削停止。技術顧問三名が帰還予定」

「王都再建区画第五街区、資材搬入が滞っています」

「海上商会が、次期契約の再交渉を希望と……」

 机の上に積み上がる報告書の束。財務大臣ガレインは額を押さえた。

「なぜだ。なぜ一斉に動き出す」

 答えは明白だった。

 ヴァルテール公爵家の撤退。

 だが、それを公に認めることは、王太子の判断を否定するに等しい。

「殿下にはまだ……」

 補佐官が言い淀む。

「言えるか。婚約破棄の翌日に、国家事業が止まり始めたなどと」

 ガレインは苦々しく吐き捨てた。

 その頃、王太子レオニードは訓練場にいた。

 鋭く剣を振るい、兵士たちの歓声を浴びる。彼にとって、国とは軍と栄光の象徴であり、帳簿ではなかった。

「殿下、少々お時間を」

 呼び止めたのは宮廷書記官。

「何だ、今は忙しい」

「財務局より急ぎの報告が」

 レオニードは眉をひそめる。

「また金の話か。あれは大臣の仕事だろう」

「ですが、鉱山と交易の件で……」

「問題があるなら公爵に言え」

 言い終えてから、彼は一瞬だけ言葉に詰まった。

 公爵家は、すでに撤退を宣言している。

「……まさか本気で止めたのか」

 小さく呟く。

 そのとき、軽やかな足音が近づいた。

「殿下!」

 ミレーヌが駆け寄る。淡い水色のドレスが揺れる。

「今日のお稽古、とても素敵でしたわ」

 彼女の無邪気な笑顔に、レオニードの表情は和らぐ。

「そうか。君が見ていると思うと、腕も冴える」

「わたくし、殿下が国を守るお姿を見るのが好きです」

 その言葉に、彼は満足げに頷いた。

 だが、その背後で、書記官は報告書を握りしめたままだ。

 王宮の中庭では、侍女たちがひそひそと噂を交わしている。

「聞きました? 北方鉱山、止まったとか」

「王都の工事も遅れているそうよ」

「公爵令嬢様が抜けた途端に……」

「まさか、偶然よね?」

 偶然。

 それはまだ、誰もが選びたがる言葉だった。

 一方、ヴァルテール公爵邸。

 私は書斎で、新たな報告書を受け取っていた。

「王宮財務局より非公式な照会が三件。いずれも資金繰りの相談です」

 執事クラウスが淡々と告げる。

「正式な依頼は?」

「ございません」

「では、回答の必要もありませんわ」

 私は紅茶を一口含む。

 香りが広がる。落ち着く。

「商会の動きは?」

「東方交易商会が、次期契約を公爵家主導で結びたいと」

「応じましょう。ただし条件を上げて」

「承知いたしました」

 数字は、正直だ。

 公爵家が手を引けば、利潤の流れは変わる。

 王家の名のもとに動いていた商人たちは、より安定した流れを求めるだけ。

 それが市場というもの。

 扉が叩かれる。

「リディアナ様、王太子殿下より書簡が」

 受け取る。

 封蝋を解き、目を通す。

『昨夜の発言について、改めて話がしたい。冷静に考えれば、基金停止は国益に反する。感情を抑え、協力関係を維持するべきだ』

 私は小さく笑った。

 感情を抑えろ、と。

「返書を」

「はい」

「婚約は感情で破棄されました。ならば契約もまた感情に左右されるのではなく、条文に従います――と」

「かしこまりました」

 窓の外では、王都の鐘が鳴る。

 まだ街は平穏だ。

 だが、倉庫では鉄材が不足し始め、港では積み荷が滞り、工事現場では職人が手を止めている。

 すべては小さな揺らぎ。

 けれど、揺らぎは連鎖する。

 私は机の上に広げられた王国財務の写しを見る。

 収入の三割が、我が家の関連事業から流れている。

 その三割が止まれば――どうなるか。

 答えは明白。

 私は目を閉じ、静かに息を吐く。

 これは復讐ではない。

 ただ、選択の結果。

 殿下は愛を選んだ。

 ならば、私は数字を選ぶ。

 どちらが国を支えるか。

 それは、やがて明らかになる。

 王宮の塔が夕日に染まる。

 揺らぎは、確実に広がっていた。
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