『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします

ふわふわ

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第八話 綻びの音

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第八話 綻びの音

 王都再建区画で、初めて「解体」の指示が出た。

 未完成の足場を外すのではない。すでに建て始めていた石壁の一部を取り壊すのだ。資材の確保が不透明なまま工事を続ければ、後に大規模な補修が必要になる――そう判断された。

「いったん戻すしかない」

 現場監督の声は沈んでいた。

 積み上げられた石材が、静かに崩される。乾いた音が広がるたび、見物人の胸に何かが落ちる。

 ――あれは、進歩の音ではない。

 後退の音だ。

 中央市場では、さらに新しい張り紙が出た。

「鉄製農具、来週より値上げ」

「港湾税、一時増額」

 商人たちは顔をしかめながらも、計算機を叩く。

 原因は単純だ。

 鉄材不足。物流の変化。関税収入の減少。

 だが誰も口にしない。

 婚約破棄が、ここまで尾を引くなどと。

 王宮財務局。

「王立銀行の短期債券、追加募集は低調」

「利率をさらに上げるべきかと」

「それでは将来の返済が重くなる」

 議論は堂々巡りだ。

 財務大臣ガレインは、ついに国王へ進言した。

「陛下、基金再開のための条件受諾を検討すべきです」

 王は黙したまま、しばらく窓の外を見ていた。

「王太子は?」

「依然として拒否の姿勢です」

 深いため息。

「王太子を呼べ」

 ほどなくしてレオニードが入室する。

「父上」

「数字を見よ」

 机に並べられた報告書。

 赤い欄が増えている。

「王都再建遅延率、四割。鉄材価格、三割上昇。港湾収入、二割減」

 レオニードは目を通す。

「一時的な揺らぎだ」

「揺らぎが続けば、崩壊となる」

「公爵家が戻れば解決する」

「戻らぬ場合は?」

 沈黙。

「……交渉する」

「条件を飲むのか」

 その問いに、彼は顔をしかめる。

「王権の制限など」

「王権とは何だ」

 国王の声は静かだった。

「国があってこその王権だ。国が傾けば、権威も消える」

 レオニードは何も言えなかった。

 一方、ヴァルテール公爵邸。

 私は港湾再編の最終報告を受け取っていた。

「交易量、旧王家経由比で一・三倍」

「関税収入は?」

「公爵家管理下で安定しております」

「市場価格への影響は?」

「軽微です」

 私は小さく頷く。

 王家を通さずとも、物流は回る。

 むしろ、効率は上がっている。

 扉が叩かれる。

「王宮より正式書簡です」

 封を切る。

『基金再開の可能性について、再度協議を願いたい』

 私は目を細めた。

 速度が上がっている。

 崩れの音が、王宮にも届いたのだ。

「返書を」

「はい」

「条件は変わりません。財務監督権の制限、及び再建事業の共同管理」

「かしこまりました」

 窓の外、夕暮れの空が赤く染まる。

 その色は、帳簿の赤と重なる。

 夜、王宮の一室。

 ミレーヌは、レオニードの前に立っていた。

「殿下……」

「何だ」

「わたくしのせいでしょうか」

 彼は顔を上げる。

「何がだ」

「婚約破棄……皆が不安そうで」

 レオニードは一瞬、言葉を失う。

「君のせいではない」

「ですが……」

「私は間違っていない」

 強く言い切る。

 だがその声に、わずかな迷いが混じる。

「国は私が守る」

 その言葉の裏で、財務局では新たな数字が赤く染まっていた。

 翌朝。

 王都再建区画のさらに二区画が、工事延期となる。

 市場では、初めて小さな口論が起きた。

「なぜこんなに上がる!」

「仕入れが高いんだ!」

 まだ暴動ではない。

 だが、綻びの音は確実に大きくなっている。

 私は静かに報告を読み終え、椅子に深く腰掛ける。

 崩壊とは、一瞬では起きない。

 小さな綻びが積み重なり、やがて形になる。

 そしていま、形が見え始めている。

 私は誰も突き落としていない。

 ただ手を離しただけ。

 それだけで、国は揺らぐ。

 窓の外で、鐘が鳴る。

 その音が、どこか不安定に響いていた。
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