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第十六話 揺らぐ微笑
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第十六話 揺らぐ微笑
王都の朝は穏やかだった。
再建区画では槌の音が規則正しく響き、港では帆を張る音が戻っている。市場の小麦価格は安定し、鉄材も徐々に供給が整い始めていた。
数字の上では、王国は回復している。
だが、回復は均衡の上に立つものだ。
均衡は、ほんの少しの感情で揺らぐ。
王宮、朝食の席。
国王は静かに紅茶を口にし、レオニードを見た。
「評議会での発言、抑制が効いているな」
「当然です」
レオニードは淡々と答える。
「私は制度を守っている」
「守るだけでは足りぬ」
王の声は静かだ。
「制度を活かせ」
レオニードは一瞬、眉を動かす。
「活かす、とは」
「理を理解せよ」
それ以上は言わない。
その沈黙が、重い。
一方、王妃教育機関。
第二回講義は外交事例だった。
「隣国との条約が破棄されたとき、何が起きるか」
私は問いかける。
侯爵令嬢が答える。
「貿易停止、物価上昇」
「その通りです」
私は黒板に線を引く。
「契約は感情で破棄できます。しかし、影響は理で返ります」
教室の空気がわずかに変わる。
その言葉は、遠回しではあるが、王都の現実と重なる。
講義後、廊下で小さなざわめきが起きた。
「今日も王太子妃様は来られなかったわね」
「殿下が止めているとか」
「では、将来はどうなるのかしら」
噂は柔らかく、だが鋭い。
夕刻、王宮の庭園。
ミレーヌは花壇の前に立っていた。
「わたくし……」
侍女がそっと近づく。
「お通いになりたいのですか」
「分かりません」
彼女は小さく首を振る。
「殿下の隣に立ちたい。でも、足りないと言われるのが怖い」
その言葉は、率直だった。
怖い。
それは悪意ではない。
ただ、未熟を直視する勇気がまだない。
夜。
私は報告書を読みながら、小さく息を吐いた。
「王宮内での噂、拡大傾向」
「はい」
クラウスが答える。
「王太子妃候補の不参加が、比較対象となっております」
「予想通りですわ」
私はペンを置く。
「私は彼女を貶める気はありません」
「存じております」
「だが、制度は公平です」
通う者は評価され、通わぬ者は空白のまま。
それだけの話。
そのとき、来客の報せが届く。
「王太子殿下がお見えです」
私は一瞬だけ視線を上げる。
「お通しして」
レオニードは、以前より静かな足取りで入室した。
「久しいな」
「殿下」
形式的な一礼。
「教育機関の評判が良いと聞いた」
「ありがたいことです」
「目的は何だ」
彼は直截に問う。
「信用回復です」
「それだけか」
「それ以上でも以下でもございません」
沈黙。
「ミレーヌを、試しているのか」
その言葉は低い。
「いいえ」
私は首を振る。
「制度は誰も試しません。映すだけです」
「映す?」
「王妃に必要な資質を」
レオニードは目を伏せる。
「彼女は優しい」
「存じております」
「それでは足りぬと?」
問いは、どこか苦しい。
「優しさは土台です」
私は静かに答える。
「その上に理が必要です」
長い沈黙。
彼は視線を上げる。
「……もし彼女が通うと言ったら」
「歓迎いたします」
「拒まぬのか」
「拒む理由がございません」
レオニードは小さく息を吐く。
「君は変わらぬな」
「理は変わりません」
彼は去っていく。
その背中には、迷いが見えた。
夜風が窓を揺らす。
王宮の灯りは安定している。
だが、人の心はまだ揺れている。
微笑は保たれている。
だが、その内側で、選択が迫られている。
私は静かに呟く。
「揺らぐのは悪いことではありません」
揺らいだ先に、立ち位置が決まる。
王太子妃の席は、まだ空白。
だが、その空白は、いま最も重い場所となっていた。
王都の朝は穏やかだった。
再建区画では槌の音が規則正しく響き、港では帆を張る音が戻っている。市場の小麦価格は安定し、鉄材も徐々に供給が整い始めていた。
数字の上では、王国は回復している。
だが、回復は均衡の上に立つものだ。
均衡は、ほんの少しの感情で揺らぐ。
王宮、朝食の席。
国王は静かに紅茶を口にし、レオニードを見た。
「評議会での発言、抑制が効いているな」
「当然です」
レオニードは淡々と答える。
「私は制度を守っている」
「守るだけでは足りぬ」
王の声は静かだ。
「制度を活かせ」
レオニードは一瞬、眉を動かす。
「活かす、とは」
「理を理解せよ」
それ以上は言わない。
その沈黙が、重い。
一方、王妃教育機関。
第二回講義は外交事例だった。
「隣国との条約が破棄されたとき、何が起きるか」
私は問いかける。
侯爵令嬢が答える。
「貿易停止、物価上昇」
「その通りです」
私は黒板に線を引く。
「契約は感情で破棄できます。しかし、影響は理で返ります」
教室の空気がわずかに変わる。
その言葉は、遠回しではあるが、王都の現実と重なる。
講義後、廊下で小さなざわめきが起きた。
「今日も王太子妃様は来られなかったわね」
「殿下が止めているとか」
「では、将来はどうなるのかしら」
噂は柔らかく、だが鋭い。
夕刻、王宮の庭園。
ミレーヌは花壇の前に立っていた。
「わたくし……」
侍女がそっと近づく。
「お通いになりたいのですか」
「分かりません」
彼女は小さく首を振る。
「殿下の隣に立ちたい。でも、足りないと言われるのが怖い」
その言葉は、率直だった。
怖い。
それは悪意ではない。
ただ、未熟を直視する勇気がまだない。
夜。
私は報告書を読みながら、小さく息を吐いた。
「王宮内での噂、拡大傾向」
「はい」
クラウスが答える。
「王太子妃候補の不参加が、比較対象となっております」
「予想通りですわ」
私はペンを置く。
「私は彼女を貶める気はありません」
「存じております」
「だが、制度は公平です」
通う者は評価され、通わぬ者は空白のまま。
それだけの話。
そのとき、来客の報せが届く。
「王太子殿下がお見えです」
私は一瞬だけ視線を上げる。
「お通しして」
レオニードは、以前より静かな足取りで入室した。
「久しいな」
「殿下」
形式的な一礼。
「教育機関の評判が良いと聞いた」
「ありがたいことです」
「目的は何だ」
彼は直截に問う。
「信用回復です」
「それだけか」
「それ以上でも以下でもございません」
沈黙。
「ミレーヌを、試しているのか」
その言葉は低い。
「いいえ」
私は首を振る。
「制度は誰も試しません。映すだけです」
「映す?」
「王妃に必要な資質を」
レオニードは目を伏せる。
「彼女は優しい」
「存じております」
「それでは足りぬと?」
問いは、どこか苦しい。
「優しさは土台です」
私は静かに答える。
「その上に理が必要です」
長い沈黙。
彼は視線を上げる。
「……もし彼女が通うと言ったら」
「歓迎いたします」
「拒まぬのか」
「拒む理由がございません」
レオニードは小さく息を吐く。
「君は変わらぬな」
「理は変わりません」
彼は去っていく。
その背中には、迷いが見えた。
夜風が窓を揺らす。
王宮の灯りは安定している。
だが、人の心はまだ揺れている。
微笑は保たれている。
だが、その内側で、選択が迫られている。
私は静かに呟く。
「揺らぐのは悪いことではありません」
揺らいだ先に、立ち位置が決まる。
王太子妃の席は、まだ空白。
だが、その空白は、いま最も重い場所となっていた。
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