『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします

ふわふわ

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第十七話 決意の一歩

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第十七話 決意の一歩

 王都に霧が降りた朝だった。

 石畳は薄く湿り、空気は静まり返っている。まるで街全体が、何かを待っているようだった。

 王妃教育機関の正門前。

 一台の王家の馬車が止まる。

 御者が扉を開けると、淡い水色のドレスに身を包んだミレーヌが降り立った。

 護衛も侍女も最小限。

 華美ではない。

 覚悟を秘めた装い。

 門番が一瞬、目を見開く。

「王太子妃候補様……」

「本日より、講義に参加いたします」

 声は震えていない。

 だが、その手はわずかに握られていた。

 会館内に小さなざわめきが広がる。

「本当に来られたの?」

「殿下は承知なのかしら」

 私は廊下の奥からその様子を見つめていた。

 クラウスが小声で告げる。

「予定外です」

「いいえ」

 私は静かに首を振る。

「予定通りですわ」

 講義室。

 ミレーヌは最後列ではなく、中央の席に座った。

 逃げない。

 その選択が、彼女の決意を示している。

 本日の講義は「危機管理と王妃の役割」。

「王が誤った判断を下しそうになったとき、王妃はどう振る舞うべきか」

 私は問いを投げる。

 沈黙。

 やがて、一人の令嬢が答える。

「公に反対するのではなく、私的に説得を」

「それも一つの方法です」

 私は黒板に書く。

「では、王が耳を貸さなかった場合は?」

 視線が揺れる。

 そのとき、ミレーヌが小さく手を挙げた。

「……記録を残します」

 室内が静まる。

「記録?」

 私は促す。

「はい。判断の経緯と意見を文書に残し、後に検証できる形に」

 私は一瞬、目を細める。

「なぜですか」

「感情では止められなくても、理は残ります。後の是正に繋がります」

 講義室の空気が変わる。

 未熟ではない。

 考えている。

「良い視点です」

 私は静かに頷いた。

 その一言に、ミレーヌの背筋がわずかに伸びる。

 王宮では、レオニードが報告を受けていた。

「本日、王太子妃候補様が講義に参加」

 彼は目を閉じる。

「……自らか」

「はい」

 短い沈黙。

「止めなかったのか」

「申し出は直前でした」

 レオニードはゆっくりと息を吐く。

 怒りではない。

 戸惑い。

 そして、微かな誇り。

 夜。

 講義後の会館。

 ミレーヌは退出せず、私に近づいた。

「本日は、ありがとうございました」

「参加はご自身の意思ですか」

「はい」

 迷いはない。

「怖くは?」

「怖いです」

 正直な答え。

「ですが、隣に立ちたいのです」

 その言葉は、静かだが強い。

 私はしばらく彼女を見つめた。

「優しさは武器になります」

「武器……」

「理が伴えば」

 彼女は小さく頷く。

「わたくし、学びます」

 それは宣言だった。

 王宮の回廊。

 ミレーヌが戻ると、レオニードが待っていた。

「行ったのか」

「はい」

「なぜ」

「隣に立つためです」

 彼はしばらく黙る。

「……無理はするな」

「無理ではありません」

 彼女はまっすぐに言う。

「必要なことです」

 その言葉に、レオニードは目を逸らす。

 いま、試されているのは彼だけではない。

 彼女もまた、選択した。

 一方、私は夜の帳簿を閉じる。

 鏡は、初めて光を映した。

 制度は冷たい。

 だが、その冷たさの中で、自ら歩み出す者がいる。

 王妃の席は、空白ではなくなり始めている。

 だが、その席に立つためには、まだ多くを学ばねばならない。

 王都の灯りが、静かに瞬く。

 揺らぎの先に、形が見え始めた。

 均衡は崩れていない。

 むしろ、より強く結び直されようとしている。

 その結び目に、いま新たな糸が加わった。
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