『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします

ふわふわ

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第二十五話 慢心という罠

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第二十五話 慢心という罠

 焦りが鎮まると、次に訪れるのは静寂ではない。

 慢心だ。

 防衛研究の進捗が公表され、軍部の不満は目に見えて減少した。北方との輸入も安定し、隣国との長期契約は順調に履行されている。

 王都の空気は、久しぶりに軽かった。

「殿下の手腕だ」

「制度も安定した」

「王太子妃様も成長なさっている」

 称賛は甘い。

 それは刃よりも危うい。

 王宮、執務室。

「税収回復率、予測を上回る」

 ガレインの声は明るい。

「来期予算に余裕が出ます」

 レオニードは書類を閉じる。

「ならば、軍需をもう一段階」

「慎重に」

 ガレインは即座に制する。

「成果は出ておりますが、まだ安定期に入ったばかり」

 レオニードは小さく笑う。

「いつまでも守りではいられぬ」

 その声に、わずかな高揚が混じる。

 一方、教育機関。

 本日の講義は「勝利後の統治」。

「成功の直後が、最も危険です」

 私は黒板に大きく書く。

『過信』

 教室が静まる。

「外圧を退け、内圧を吸収し、均衡を保った」

 私はゆっくりと続ける。

「その瞬間に、己を過大評価すれば、均衡は崩れます」

 ミレーヌの視線が鋭くなる。

「勝ったと思った瞬間、次の試練が始まる」

 講義後。

「殿下が軍需増額を再検討していると聞きました」

 彼女が静かに言う。

「はい」

「……怖いのです」

 その言葉は正直だった。

「怖い、とは」

「焦りではなく、今度は自信が強すぎる気がする」

 私は彼女を見つめる。

「それに気づけるなら、大丈夫です」

 夜。

 王宮の回廊。

「軍需の次段階増額を提案する」

 レオニードが言う。

「殿下」

 ミレーヌが一歩前に出る。

「成果は出ています。ですが、来期予算の余裕は一時的です」

「分かっている」

「ならば、防衛研究の成果を一年見てからでも」

 彼は眉を寄せる。

「慎重すぎる」

「慢心は、焦りと同じくらい危険です」

 その言葉に、空気が張り詰める。

 彼女は逃げない。

「わたくしは、殿下を弱く見ているのではありません」

 真っ直ぐに言う。

「強いからこそ、急がないでほしいのです」

 沈黙。

 長い沈黙。

 やがて、レオニードは息を吐く。

「……評議会に諮る」

 翌日。

 軍需次段階増額案は提出されたが、評議会で修正された。

 増額は限定的に。

 財源は予備費ではなく、防衛研究成果の再配分から。

 全面増額ではない。

 だが、前進はある。

 夜。

 私は報告を受ける。

「軍需増額、抑制付き可決」

「均衡は守られました」

 クラウスが静かに言う。

 私は窓の外を見る。

 王宮の灯りは、揺れていない。

 慢心は防がれた。

 だが、完全に消えたわけではない。

 王は成功を重ねるたびに、自信を持つ。

 それは悪いことではない。

 だが、その自信が制度を越えたとき、再び揺らぐ。

 並び立つ影は、互いを映す。

 王太子の誇り。

 王太子妃候補の理。

 そして、私は外側から均衡を見る。

 私はもう、玉座の隣を望まない。

 だが、その均衡が崩れぬよう、制度を磨く。

 王都は穏やかだ。

 だが、穏やかさは試練の前触れでもある。

 私は静かに呟く。

「勝利の後こそ、気を引き締めねばなりませんわね」

 均衡は続く。

 それが王国の強さ。

 そして、その強さを保てるかどうかが、次の問いだった。
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