婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

文字の大きさ
2 / 39

第2話 神のごとき皇帝と、誰も知らない現実

しおりを挟む
第2話 神のごとき皇帝と、誰も知らない現実

後宮において、皇帝という存在は特別だ。

姿を見た者は少なく、声を聞いた者はさらに少ない。
それでも、姫たちは皆、皇帝の名を知っている。
いや――正確には、知らされていると言った方がいい。

「陛下は、慈悲深くあらせられる」
「陛下は、姫を大切に思っておられる」
「陛下の御心に叶えば、何不自由ない一生が約束される」

後宮では、そうした言葉が当たり前のように囁かれていた。
それを疑う者はいない。疑うこと自体が、無意味だからだ。

皇帝は、神のような存在として扱われている。
逆らうことはできず、問いかけることも許されない。
理由を求めることさえ、不敬とされる。

タニアもまた、その価値観の中で育った。

皇帝は人間だ。
それは理解している。血も流れ、老いもする存在だ。

けれど同時に、彼女は知っていた。
人間であっても、抗えない存在が、この世界には確かにあるということを。

後宮とは、その象徴だ。

皇帝は、後宮に足を運ぶ。
だが、すべての姫を知っているわけではない。
顔を覚えていない者の方が、圧倒的に多い。

それでも後宮が成り立つのは、
皇帝の意思が、側近を通して伝えられるからだった。

「今宵は、誰それを」
「しばらくは、呼ぶ必要はない」
「人数が増えすぎている」

そうした断片的な言葉が、
側近たちの解釈によって膨らまされ、
後宮という制度を動かしていく。

姫たちは、その結果を受け取るだけだ。

誰が呼ばれ、
誰が呼ばれず、
誰が静かに姿を消すのか。

それを決めているのが、
本当に皇帝なのかどうか。
そんなことを考える者はいない。

考えても、意味がないからだ。

タニアは、そうした空気の中で生きてきた。

後宮に入ったばかりの頃、
彼女もまた、漠然とした期待を抱いていた。
いつか呼ばれるかもしれない。
何かが変わるかもしれない。

だが、その期待は、すぐに消えた。

呼ばれる姫は、決まっている。
新しく、若く、目を引く者。
そして、それを側近が好むかどうか。

そこに、姫自身の意思が入り込む余地はない。

だからタニアは、早い段階で切り替えた。

皇帝の寵愛を期待しない。
奇跡を待たない。
ただ、現実を見る。

後宮で生きるということは、
皇帝に選ばれることではない。

皇帝に選ばれなかった後、どう扱われるか
それを見極めることだ。

年を重ねた姫たちの末路を、
彼女は何度も目にしてきた。

誰にも気づかれず、
誰にも惜しまれず、
突然、いなくなる。

下賜か、
あるいは、どこかへ。

理由は告げられない。
選択肢も与えられない。

その時になって初めて、
自分が“管理される存在”だったのだと理解する。

――それだけは、避けたい。

タニアは、静かにそう思っていた。

皇帝に逆らう気はない。
制度を壊すつもりもない。

ただ、その中で、
少しでも条件の良い場所へ移る
それだけだ。

神のごとき皇帝の意思に、
抗うことはできない。

けれど、
その意思が届くまでの隙間で、
どう動くかは、姫次第だった。

タニアは、
その隙間を見逃さない女だった。

だからこそ、
下賜という言葉を聞いたとき、
彼女は泣かなかった。

それは、追放ではない。
終わりでもない。

――次の局面が、始まるだけだ。

彼女は、そう理解していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

「お前とは結婚できない」って言ったのはそっちでしょ?なのに今さら嫉妬しないで

ほーみ
恋愛
王都ベルセリオ、冬の終わり。 辺境領主の娘であるリリアーナ・クロフォードは、煌びやかな社交界の片隅で、ひとり静かにグラスを傾けていた。 この社交界に参加するのは久しぶり。3年前に婚約破棄された時、彼女は王都から姿を消したのだ。今日こうして戻ってきたのは、王女の誕生祝賀パーティに招かれたからに過ぎない。 「リリアーナ……本当に、君なのか」 ――来た。 その声を聞いた瞬間、胸の奥が冷たく凍るようだった。 振り向けば、金髪碧眼の男――エリオット・レインハルト。かつての婚約者であり、王家の血を引く名家レインハルト公爵家の嫡男。 「……お久しぶりですね、エリオット様」

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...