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第6話 その女は、静かに人を追い詰める
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第6話 その女は、静かに人を追い詰める
後宮には、表立った争いはない。
声を荒げることも、
髪を引き合うことも、
ましてや刃傷沙汰など、論外だ。
だが、それは平穏を意味しない。
むしろ逆だ。
ここでは、争いは見えない形で行われる。
誰が側近に近いか。
誰の名が、どの場で囁かれているか。
誰が「手間のかからない姫」と認識されているか。
そうした要素が、
ゆっくりと、しかし確実に、
人の運命を削っていく。
ハマルは、そのやり方をよく知っていた。
彼女は、感情的に誰かを攻撃することはない。
正面から敵意を向けることもしない。
ただ、声をかける相手を選ぶだけだ。
「最近、姫の数が増えすぎて、
側近の方々も大変そうですわね」
それは、何気ない世間話のようでいて、
実際には、的確に相手の負担を突く言葉だった。
「人選だけでも、
もう少し楽になればよろしいのに」
その一言に、
深い意味はないように聞こえる。
だが側近にとっては違う。
――誰でもいいのだ。
――減らせるなら、助かる。
そうした本音を、
彼女は巧みに引き出す。
「もちろん、
私が口を出すことではありませんけれど」
最後に必ず、
そう付け加えるのも忘れない。
責任を負う気はない。
だが、
選択肢は提示する。
それが、ハマルのやり方だった。
彼女は、自分が何かをしたとは思っていない。
ただ、
「話しかけただけ」
「気遣っただけ」
そう本気で思っている。
だからこそ、
罪悪感もない。
タニアは、
その様子を、遠くから見ていた。
直接関わることはしない。
だが、
視線を外すこともない。
後宮で生きる者は、
誰が誰に近づいているかを、
常に把握しておく必要がある。
「動いたわね」
小さく、そう呟く。
ハマルが、
側近の一人と、
以前より親しげに話している。
距離が縮まるのは、早い。
後宮という閉ざされた空間では、
それだけで十分だ。
タニアは、
その動きを「脅威」とは捉えなかった。
彼女にとって重要なのは、
誰が動いたかではない。
なぜ動いたかだ。
側近が疲れている。
後宮の人数が多すぎる。
人選が面倒になっている。
そこに、
「誰でもいい」という空気が生まれる。
ハマルは、
それを利用しているだけだ。
つまり――
彼女がいなくても、
誰かが同じことをする。
タニアは、
そう判断していた。
だから、
感情的にならない。
怒らない。
詰め寄らない。
警告もしない。
その代わり、
一つだけ決めた。
――自分は、
この流れに、
巻き込まれない。
下賜が決まっている以上、
彼女が今さら動いても、
結果は変わらない。
ならば、
余計な痕跡を残さない方がいい。
タニアは、
後宮での自分の立ち位置を、
慎重に整理した。
目立たず、
しかし軽んじられず。
誰かの敵にならず、
しかし味方にもなりすぎない。
その結果、
彼女は「扱いやすい姫」として
認識されるようになっていった。
それでいい。
後宮では、
無害そうに見えることが、
最大の防御になる。
ハマルは、
その点で致命的だった。
彼女は、
自分が人を動かしていることを、
隠しきれていない。
側近は気づかない。
だが、
姫たちは見ている。
誰が、
静かに人を追い詰めているのかを。
タニアは、
ハマルの背中を見ながら、
一つだけ確信していた。
――あの人は、
いつか同じやり方で、
自分自身を追い詰める。
後宮は、
そういう場所だ。
そしてタニアは、
その結末を、
もう自分の問題としては
捉えていなかった。
彼女は、
次の場所へ行く準備を、
静かに整え始めていた。
後宮には、表立った争いはない。
声を荒げることも、
髪を引き合うことも、
ましてや刃傷沙汰など、論外だ。
だが、それは平穏を意味しない。
むしろ逆だ。
ここでは、争いは見えない形で行われる。
誰が側近に近いか。
誰の名が、どの場で囁かれているか。
誰が「手間のかからない姫」と認識されているか。
そうした要素が、
ゆっくりと、しかし確実に、
人の運命を削っていく。
ハマルは、そのやり方をよく知っていた。
彼女は、感情的に誰かを攻撃することはない。
正面から敵意を向けることもしない。
ただ、声をかける相手を選ぶだけだ。
「最近、姫の数が増えすぎて、
側近の方々も大変そうですわね」
それは、何気ない世間話のようでいて、
実際には、的確に相手の負担を突く言葉だった。
「人選だけでも、
もう少し楽になればよろしいのに」
その一言に、
深い意味はないように聞こえる。
だが側近にとっては違う。
――誰でもいいのだ。
――減らせるなら、助かる。
そうした本音を、
彼女は巧みに引き出す。
「もちろん、
私が口を出すことではありませんけれど」
最後に必ず、
そう付け加えるのも忘れない。
責任を負う気はない。
だが、
選択肢は提示する。
それが、ハマルのやり方だった。
彼女は、自分が何かをしたとは思っていない。
ただ、
「話しかけただけ」
「気遣っただけ」
そう本気で思っている。
だからこそ、
罪悪感もない。
タニアは、
その様子を、遠くから見ていた。
直接関わることはしない。
だが、
視線を外すこともない。
後宮で生きる者は、
誰が誰に近づいているかを、
常に把握しておく必要がある。
「動いたわね」
小さく、そう呟く。
ハマルが、
側近の一人と、
以前より親しげに話している。
距離が縮まるのは、早い。
後宮という閉ざされた空間では、
それだけで十分だ。
タニアは、
その動きを「脅威」とは捉えなかった。
彼女にとって重要なのは、
誰が動いたかではない。
なぜ動いたかだ。
側近が疲れている。
後宮の人数が多すぎる。
人選が面倒になっている。
そこに、
「誰でもいい」という空気が生まれる。
ハマルは、
それを利用しているだけだ。
つまり――
彼女がいなくても、
誰かが同じことをする。
タニアは、
そう判断していた。
だから、
感情的にならない。
怒らない。
詰め寄らない。
警告もしない。
その代わり、
一つだけ決めた。
――自分は、
この流れに、
巻き込まれない。
下賜が決まっている以上、
彼女が今さら動いても、
結果は変わらない。
ならば、
余計な痕跡を残さない方がいい。
タニアは、
後宮での自分の立ち位置を、
慎重に整理した。
目立たず、
しかし軽んじられず。
誰かの敵にならず、
しかし味方にもなりすぎない。
その結果、
彼女は「扱いやすい姫」として
認識されるようになっていった。
それでいい。
後宮では、
無害そうに見えることが、
最大の防御になる。
ハマルは、
その点で致命的だった。
彼女は、
自分が人を動かしていることを、
隠しきれていない。
側近は気づかない。
だが、
姫たちは見ている。
誰が、
静かに人を追い詰めているのかを。
タニアは、
ハマルの背中を見ながら、
一つだけ確信していた。
――あの人は、
いつか同じやり方で、
自分自身を追い詰める。
後宮は、
そういう場所だ。
そしてタニアは、
その結末を、
もう自分の問題としては
捉えていなかった。
彼女は、
次の場所へ行く準備を、
静かに整え始めていた。
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