婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

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第14話 全権委任

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第14話 全権委任

アークトゥルス侯爵からの使者が屋敷に到着したのは、
夜明け前だった。

戦場からの報せは、
いつも時間を選ばない。

「奥様、至急とのことです」

差し出された封書には、
軍の封蝋。

タニアは静かに受け取り、
その場で開いた。

短い文面だった。

――戦況は不利ではない。
――しばらく帰還できぬ。
――屋敷の判断、すべて任せる。

余計な言葉はない。
だが、それで十分だった。

全権委任。

それは、名目ではなく、
実質の意味を持つ言葉だった。

タニアは、
文を読み終えると、
深く息を吐いた。

重い。

だが、
望んでいなかったわけではない。

朝、
使用人全員を集める。

形式張った場ではない。
だが、
全員が揃っていた。

「侯爵様より、
留守中の判断を
私に一任する旨、
通達がありました」

ざわめきが走る。

驚きと、
納得と、
わずかな不満。

すべてが、
混ざった空気。

タニアは、
一人一人の顔を見る。

逃げない。
威圧しない。

「これまで通り、
職務を果たしてください」

「不正は、
記録されます」

「功績も、
同じです」

罰を強調しない。
褒美も約束しない。

ただ、
事実を告げる。

それだけで、
場は静まった。

その日から、
屋敷の流れが、
はっきりと変わる。

決裁が早くなる。
判断が迷わない。

誰に聞けばいいか、
全員が知っている。

それは、
権力の集中ではない。

責任の所在が明確になった
というだけのことだった。

数日後、
商人との交渉が持ち上がる。

従来なら、
侯爵の帰還を待っていた案件。

だが今は、
待つ余裕がない。

タニアは、
商人を応接室に通す。

「条件は、
以前と同じですか」

「ええ、奥様」

「では、
こちらの条項を一つ追加します」

淡々と提示された条件に、
商人は一瞬、言葉を失う。

不利ではない。
だが、
抜け道を塞ぐ内容。

「……侯爵様の
ご承認は?」

「あります」

彼女は、
封書を示した。

嘘はつかない。
だが、
すべてを説明もしない。

商人は、
しばらく考えた後、
頷いた。

契約成立。

その様子を、
使用人たちは
固唾を飲んで見ていた。

――判断できる女だ。

その評価が、
屋敷に広がっていく。

夜、
タニアは一人、
執務室に残る。

机の上には、
処理済みの書類。

すべて、
彼女の署名。

その光景を見て、
ふと思う。

もし、
後宮にいたままだったら。

彼女は、
誰の署名も持たず、
誰の判断にも関われず、
年を重ねていただろう。

だが今は違う。

ここでは、
彼女の判断が、
人の生活を動かす。

それは、
恐ろしいことでもある。

だが同時に――
生きている実感でもあった。

アークが戻るまで、
彼女は、この屋敷を守る。

依存ではない。
愛情でもない。

利害と責任で結ばれた、
確かな関係。

タニアは、
静かに書類を閉じた。

ここまで来た以上、
後戻りはできない。

だが、
後悔もしていなかった。

これは、
彼女が選んだ道。

――生き残るための、
最適解だった。
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