婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

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第18話 境界線の引き方

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第18話 境界線の引き方

噂が収まったあと、
屋敷は一時的な静けさを取り戻していた。

だが、タニアは知っている。
静けさは、安定ではない。

それはただ、
次の動きまでの間に過ぎない。

午前、
辺境からの使者が訪れた。

内容は、物資の通過に関する確認。
軍の移動に伴い、
通常よりも迅速な判断が求められる案件だった。

「侯爵様のご判断を仰がねば……」

役人の言葉は、
半ば形式だった。

タニアは、
静かに首を振る。

「判断は、ここで下します」

「しかし――」

「責任は、私が負います」

その言葉に、
役人は一瞬たじろいだ。

だが、
書類に目を落とし、
署名と封印を確認すると、
それ以上は何も言わなかった。

――この女は、
越えていい線と、
越えてはいけない線を知っている。

その評価は、
少しずつ、外にも広がっていた。

午後、
屋敷の使用人たちの間で、
小さな諍いが起きる。

原因は、
指示の解釈。

どちらも、
間違ってはいない。

だが、
両立しない。

呼び出されたタニアは、
双方の話を聞き終えると、
短く言った。

「今後は、
こちらを基準にします」

理由は、
簡潔。

過去の実績。
現在の状況。
将来の負担。

感情は、
そこにない。

不満げな表情は残ったが、
反論は出なかった。

――判断が、
一貫しているから。

夕刻、
侍女長が報告してくる。

「最近、
奥様を“代行”と呼ぶ者が、
いなくなりました」

それは、
小さな変化だった。

だが、
決定的でもあった。

代行は、
仮の存在。

今、
屋敷にいるのは――
判断を下す者だ。

夜、
タニアは机に向かい、
新しい帳簿を開いた。

そこには、
これまでとは別の項目がある。

――境界管理。

人。
権限。
責任。

誰が、
どこまで口を出していいのか。

誰が、
どこで止まるべきか。

それを、
明文化する。

これは、
アークの不在中にしか
できない作業だった。

彼が戻れば、
自然と彼の影が落ちる。

だが今は、
彼女が線を引ける。

「……ここまでで十分」

書き終え、
ペンを置く。

もし、
彼が戻らなければ。

この線は、
屋敷を守る柵になる。

もし、
戻ったなら。

この線は、
彼の負担を減らす。

どちらに転んでも、
無駄にはならない。

タニアは、
静かに目を閉じた。

後宮にいた頃、
彼女は常に、
他人が引いた線の内側で
生きていた。

今は違う。

この場所では、
彼女が線を引く。

それは、
支配ではない。

秩序だ。

そして秩序は、
この世界で生き残るための、
最も確かな武器だった。

タニアは、
灯りを落とし、
静かな夜に身を委ねた。

明日もまた、
判断の一日が始まる。

――それを恐れない自分に、
彼女はもう、
気づいていた。
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