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第17話 噂という名の試練
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第17話 噂という名の試練
アークトゥルス侯爵の不在が一月を越えた頃、
屋敷の外から、静かに、しかし確実に噂が流れ込んできた。
「侯爵は戦死したのではないか」
「いや、重傷で戻れぬだけだ」
「そもそも、あの女は下賜された身だろう?」
市場の片隅、
貴族の茶会、
商人たちの酒席。
噂は、
いつも善意の顔をして広がる。
屋敷の中にも、
その影は忍び寄っていた。
「奥様……いえ……」
言い淀む使用人。
呼び方が、
一瞬だけ揺れる。
それだけで、
状況は十分に伝わった。
――試されている。
タニアは、
感情を挟まなかった。
噂は、
否定すれば膨らみ、
放置すれば定着する。
必要なのは、
事実だけだ。
彼女は、
即座に行動を起こす。
まず、
屋敷の帳簿と契約書を整理する。
次に、
主要な取引先へ、
公式文書を送付した。
内容は、
簡潔。
侯爵は存命であること。
指揮権を保有していること。
屋敷の全権は、
現在も委任されていること。
署名は、
彼女自身の名。
封蝋は、
侯爵家のもの。
曖昧な言葉は、
一切使わない。
その文書が届いた数日後、
商人の一人が、
屋敷を訪れた。
「失礼ながら……
噂が立っておりまして」
「存じています」
タニアは、
遮らずに頷いた。
「ご不安でしたら、
こちらをご覧ください」
差し出したのは、
最新の軍からの報告書。
詳細は伏せられている。
だが、
生存を否定する要素はない。
商人は、
しばらく黙って書類を見つめ、
やがて頭を下げた。
「我々の早合点でした」
その態度が、
何よりの答えだった。
だが、
問題は外だけではない。
屋敷の一角で、
不穏な動きがあった。
以前、
配置を下げられた使用人たち。
彼らが、
噂を利用し始めている。
「奥様の判断は、
仮のものだ」
「侯爵様が戻られれば、
すべて元通りだ」
その言葉は、
油断を誘う。
タニアは、
即座に動かなかった。
代わりに、
記録を集める。
発言者。
場所。
時間。
そして、
事実と照らし合わせる。
数日後、
彼女は関係者を呼び出した。
処断の場ではない。
確認の場だ。
「その発言、
記録に残っています」
静かな声。
逃げ場は、
ない。
「これは、
屋敷の秩序を乱す行為です」
叱責しない。
怒鳴らない。
ただ、
事実を並べる。
「配置を、
さらに改めます」
名目は、
効率化。
だが、
実質は――
排除だった。
翌日から、
噂は止んだ。
理由は単純だ。
噂を流す者が、
得をしなかったから。
夜、
タニアは一人、
執務室で書簡を書く。
宛先は、
アーク。
戦況を案じる言葉は、
書かない。
代わりに、
屋敷の現状と、
対応の結果だけを記す。
――噂は制御下にあります。
――機能は維持されています。
それだけ。
彼が戻るかどうかは、
分からない。
だが、
戻ったときに――
何も失われていないこと。
それが、
彼女の役目だ。
タニアは、
静かに書簡を封じた。
噂は、
恐れるものではない。
使いこなせば、
秩序を試す道具になる。
そう理解している女だけが、
この世界で生き残れる。
彼女は、
もう後宮の姫ではなかった。
――屋敷を守る者として、
確かに立っていた。
アークトゥルス侯爵の不在が一月を越えた頃、
屋敷の外から、静かに、しかし確実に噂が流れ込んできた。
「侯爵は戦死したのではないか」
「いや、重傷で戻れぬだけだ」
「そもそも、あの女は下賜された身だろう?」
市場の片隅、
貴族の茶会、
商人たちの酒席。
噂は、
いつも善意の顔をして広がる。
屋敷の中にも、
その影は忍び寄っていた。
「奥様……いえ……」
言い淀む使用人。
呼び方が、
一瞬だけ揺れる。
それだけで、
状況は十分に伝わった。
――試されている。
タニアは、
感情を挟まなかった。
噂は、
否定すれば膨らみ、
放置すれば定着する。
必要なのは、
事実だけだ。
彼女は、
即座に行動を起こす。
まず、
屋敷の帳簿と契約書を整理する。
次に、
主要な取引先へ、
公式文書を送付した。
内容は、
簡潔。
侯爵は存命であること。
指揮権を保有していること。
屋敷の全権は、
現在も委任されていること。
署名は、
彼女自身の名。
封蝋は、
侯爵家のもの。
曖昧な言葉は、
一切使わない。
その文書が届いた数日後、
商人の一人が、
屋敷を訪れた。
「失礼ながら……
噂が立っておりまして」
「存じています」
タニアは、
遮らずに頷いた。
「ご不安でしたら、
こちらをご覧ください」
差し出したのは、
最新の軍からの報告書。
詳細は伏せられている。
だが、
生存を否定する要素はない。
商人は、
しばらく黙って書類を見つめ、
やがて頭を下げた。
「我々の早合点でした」
その態度が、
何よりの答えだった。
だが、
問題は外だけではない。
屋敷の一角で、
不穏な動きがあった。
以前、
配置を下げられた使用人たち。
彼らが、
噂を利用し始めている。
「奥様の判断は、
仮のものだ」
「侯爵様が戻られれば、
すべて元通りだ」
その言葉は、
油断を誘う。
タニアは、
即座に動かなかった。
代わりに、
記録を集める。
発言者。
場所。
時間。
そして、
事実と照らし合わせる。
数日後、
彼女は関係者を呼び出した。
処断の場ではない。
確認の場だ。
「その発言、
記録に残っています」
静かな声。
逃げ場は、
ない。
「これは、
屋敷の秩序を乱す行為です」
叱責しない。
怒鳴らない。
ただ、
事実を並べる。
「配置を、
さらに改めます」
名目は、
効率化。
だが、
実質は――
排除だった。
翌日から、
噂は止んだ。
理由は単純だ。
噂を流す者が、
得をしなかったから。
夜、
タニアは一人、
執務室で書簡を書く。
宛先は、
アーク。
戦況を案じる言葉は、
書かない。
代わりに、
屋敷の現状と、
対応の結果だけを記す。
――噂は制御下にあります。
――機能は維持されています。
それだけ。
彼が戻るかどうかは、
分からない。
だが、
戻ったときに――
何も失われていないこと。
それが、
彼女の役目だ。
タニアは、
静かに書簡を封じた。
噂は、
恐れるものではない。
使いこなせば、
秩序を試す道具になる。
そう理解している女だけが、
この世界で生き残れる。
彼女は、
もう後宮の姫ではなかった。
――屋敷を守る者として、
確かに立っていた。
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