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第21話 並び立つということ
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第21話 並び立つということ
アークトゥルス侯爵の帰還から数日が過ぎ、
屋敷は一見、以前と同じ日常を取り戻していた。
だが、内側は確実に変わっている。
それを最も強く感じているのは、
他ならぬアーク自身だった。
執務室で書類に目を通しながら、
彼は時折、視線を上げる。
整然とした棚。
迷いのない書類配置。
余計な報告が削ぎ落とされた簡潔な文面。
――戦場より、静かな場所のほうが
よほど判断を誤らせる。
そう知っている彼にとって、
この屋敷の状態は、異様なほど“健全”だった。
「タニア」
呼ばれ、彼女はすぐに入室する。
「はい、アーク様」
以前と違うのは、
彼女が“呼ばれるのを待たない”ことだった。
必要なときに、
必要な場所にいる。
それは偶然ではない。
「この判断だが……」
彼が示したのは、
境界管理に関する新しい規定。
彼自身が不在の間に、
タニアが整えたものだ。
「問題がありますか」
「いや」
アークは、
ゆっくりと首を振った。
「私なら、
同じ結論を出す」
その言葉に、
タニアは一瞬だけ目を伏せる。
評価を求めていない。
だが、否定されなかったことは、
確かに意味を持つ。
「今後は、
私がいる場でも、
そのまま進めろ」
「……よろしいのですか」
確認の言葉だった。
アークは、
彼女を見据える。
「お前が、
私の留守を“預かった”とは思っていない」
一拍置いて、
続ける。
「支えた。
それだけだ」
その言葉は、
上下ではない。
主従でも、
庇護でもない。
役割の共有だった。
午後、
屋敷に訪れたのは、
中央からの監査官だった。
名目は、
戦時下における統治状況の確認。
実質は、
探りだ。
応接室で向かい合った監査官は、
まずアークに視線を向け、
次にタニアを見る。
「失礼ながら、
こちらの方は……」
「私の判断を、
共に担う者だ」
アークが、
そう答えた。
説明は、それだけ。
監査官は、
一瞬だけ目を細めたが、
それ以上踏み込まなかった。
報告は、
タニアが行う。
数字。
事実。
処理の経緯。
感情は、
一切挟まれない。
監査官は、
最後に深く頷いた。
「理解いたしました。
統治は、安定しております」
それは、
中央からの正式な評価だった。
監査官が去った後、
タニアは一息つく。
「無用な敵を、
作っていないな」
アークの言葉に、
彼女は小さく首を振る。
「敵にする価値が、
ありませんでした」
その答えに、
彼は短く笑った。
「お前らしい」
夕刻、
屋敷の庭を歩きながら、
タニアはふと口を開く。
「アーク様」
「何だ」
「私は、
この立場にしがみつくつもりは
ありません」
唐突な言葉だった。
「ですが、
不要になるつもりも、
ありません」
アークは、
足を止めた。
彼女を見る。
逃げも、
媚びもない目。
「分かっている」
それだけで、
十分だった。
夜、
屋敷に灯りがともる。
その中心に、
二人はいる。
上下ではない。
主と従でもない。
――並び立つ。
それが、
この屋敷の新しい形だった。
タニアは、
静かに思う。
婆になる前に、
行き先を選んだ。
だが今は、
ただ生き残るだけではない。
ここで、役割を果たす。
それが、
彼女が選んだ次の生き方だった。
アークトゥルス侯爵の帰還から数日が過ぎ、
屋敷は一見、以前と同じ日常を取り戻していた。
だが、内側は確実に変わっている。
それを最も強く感じているのは、
他ならぬアーク自身だった。
執務室で書類に目を通しながら、
彼は時折、視線を上げる。
整然とした棚。
迷いのない書類配置。
余計な報告が削ぎ落とされた簡潔な文面。
――戦場より、静かな場所のほうが
よほど判断を誤らせる。
そう知っている彼にとって、
この屋敷の状態は、異様なほど“健全”だった。
「タニア」
呼ばれ、彼女はすぐに入室する。
「はい、アーク様」
以前と違うのは、
彼女が“呼ばれるのを待たない”ことだった。
必要なときに、
必要な場所にいる。
それは偶然ではない。
「この判断だが……」
彼が示したのは、
境界管理に関する新しい規定。
彼自身が不在の間に、
タニアが整えたものだ。
「問題がありますか」
「いや」
アークは、
ゆっくりと首を振った。
「私なら、
同じ結論を出す」
その言葉に、
タニアは一瞬だけ目を伏せる。
評価を求めていない。
だが、否定されなかったことは、
確かに意味を持つ。
「今後は、
私がいる場でも、
そのまま進めろ」
「……よろしいのですか」
確認の言葉だった。
アークは、
彼女を見据える。
「お前が、
私の留守を“預かった”とは思っていない」
一拍置いて、
続ける。
「支えた。
それだけだ」
その言葉は、
上下ではない。
主従でも、
庇護でもない。
役割の共有だった。
午後、
屋敷に訪れたのは、
中央からの監査官だった。
名目は、
戦時下における統治状況の確認。
実質は、
探りだ。
応接室で向かい合った監査官は、
まずアークに視線を向け、
次にタニアを見る。
「失礼ながら、
こちらの方は……」
「私の判断を、
共に担う者だ」
アークが、
そう答えた。
説明は、それだけ。
監査官は、
一瞬だけ目を細めたが、
それ以上踏み込まなかった。
報告は、
タニアが行う。
数字。
事実。
処理の経緯。
感情は、
一切挟まれない。
監査官は、
最後に深く頷いた。
「理解いたしました。
統治は、安定しております」
それは、
中央からの正式な評価だった。
監査官が去った後、
タニアは一息つく。
「無用な敵を、
作っていないな」
アークの言葉に、
彼女は小さく首を振る。
「敵にする価値が、
ありませんでした」
その答えに、
彼は短く笑った。
「お前らしい」
夕刻、
屋敷の庭を歩きながら、
タニアはふと口を開く。
「アーク様」
「何だ」
「私は、
この立場にしがみつくつもりは
ありません」
唐突な言葉だった。
「ですが、
不要になるつもりも、
ありません」
アークは、
足を止めた。
彼女を見る。
逃げも、
媚びもない目。
「分かっている」
それだけで、
十分だった。
夜、
屋敷に灯りがともる。
その中心に、
二人はいる。
上下ではない。
主と従でもない。
――並び立つ。
それが、
この屋敷の新しい形だった。
タニアは、
静かに思う。
婆になる前に、
行き先を選んだ。
だが今は、
ただ生き残るだけではない。
ここで、役割を果たす。
それが、
彼女が選んだ次の生き方だった。
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