婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

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第30話 選ばれなかった者の末路

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第30話 選ばれなかった者の末路

辺境からの報せは、
いつも少し遅れて届く。

それは距離の問題ではない。
中央が「必要だ」と判断した情報だけが、
選別され、削られ、
ようやくここまで流れてくるからだ。

「……子爵領より、追加報告です」

使者の声は低く、
どこか慎重だった。

タニアは机から顔を上げ、
静かに頷く。

「読み上げて」

内容は、
簡潔だった。

ハマルは依然として公の場に姿を見せていないこと。
子爵カウスは戦支度を整え、
近日中に再び戦場へ向かう予定であること。
そして――

「屋敷内で、
小さな混乱が起きている、と」

「混乱?」

「はい。
使用人との衝突が数度あったようです」

タニアは、
一瞬だけ目を伏せた。

想像は、
難しくない。

後宮で育った姫と、
辺境の価値観で生きてきた男。

そこに、
“所有物としての下賜”という関係が
重なれば――
軋轢が生じない方が不自然だ。

「怪我人は?」

「今のところ、
大事には至っていません」

それを聞いて、
タニアは小さく息を吐いた。

まだ、
取り返しはついている。

だが――
それは、
“今のところ”に過ぎない。

報告が終わると、
アークは椅子にもたれ、
天井を見上げた。

「……想定内だな」

「ええ」

「彼女は、
耐えられると思うか?」

タニアは、
即答しなかった。

耐えられるかどうか。

それは、
強さの問題ではない。

適応の問題だ。

「……ハマルは、
選ばれることに慣れすぎていました」

「皇帝の寵愛、
後宮の序列、
側近の目」

「常に、
誰かが彼女を“価値あるもの”として
扱っていた」

だから――
選ばれなくなった時、
自分をどう扱えばいいのか、
分からない。

「タニアは?」

アークの問いに、
彼女は静かに答える。

「私は、
選ばれなくなる前提で
考えていました」

後宮に入った日から。

年を取る。
新しい姫が来る。
価値は下がる。

その未来を、
常に想定していた。

「だから、
下賜を“機会”として
受け取れた」

「……強いな」

「いいえ」

タニアは、
首を横に振った。

「弱いからです」

弱いから、
備えた。

強い者は、
備えない。

夜、
タニアは自室で、
一枚の帳簿を開いていた。

それは、
辺境に関わる取引の一覧。

表向きは、
商人の動向調査。

だが、
実際は――
状況把握だ。

もし、
ハマルが暴走すれば。

もし、
子爵領で
取り返しのつかない問題が起きれば。

その影響は、
必ず中央に返ってくる。

「……切られるのは、
次は誰?」

答えは、
決まっている。

声を上げられない者。
弁明できない者。
中央にとって、
“いなくなっても困らない者”。

つまり――
辺境だ。

タニアは、
帳簿を閉じた。

ハマルは、
自分を陥れた女だ。

だが、
同時に――
この世界の犠牲者でもある。

同情は、
しない。

だが、
理解はする。

翌日、
新たな噂が
後宮に届く。

「ハマル様が、
取り乱しているそうよ」

「夜中に、
泣き叫んだとか……」

「やっぱり、
下賜なんて
耐えられないのよ」

誰もが、
“自分ではない”ことに
安堵している。

タニアは、
その輪に入らない。

ただ、
静かに思う。

――彼女は、
まだ学んでいる最中だ。

選ばれなかった者として、
どう生きるかを。

それを学べなければ、
行き着く先は一つ。

壊れるか、
使い潰されるか。

そのどちらか。

タニアは、
窓の外を見た。

遠く、
戦雲が立ち込めている。

戦場も、
後宮も、
本質は同じだ。

生き残るのは、
強い者ではない。

状況を理解し、
自分の立ち位置を選べる者だけ。

ハマルは、
まだそれを知らない。

そして――
それを知る前に、
終わる可能性もある。

タニアは、
静かに呟いた。

「……選ばれなかった理由を
理解できれば、
まだ間に合うのだけれど」

だが、
世界は優しくない。

この物語は、
まだ続く。

選ばれなかった者の末路が、
誰の未来になるかは――
まだ、
決まっていないのだから。
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