婆になる前に、嫁に行きます ――私が下賜を受け入れた理由――

ふわふわ

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第37話 価値の再定義

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第37話 価値の再定義

屋敷に、
来客があった。

「中央より、
監察官が参ります」

老執事の報告に、
使用人たちの動きが
一瞬、止まる。

監察官。
それは、
歓迎すべき存在ではない。

彼らは、
祝福を持ってこない。
持ってくるのは――
評価と選別だ。

「予定通りですね」

タニアは、
落ち着いて答えた。

想定は、
していた。

アークが戦功を挙げ、
屋敷が安定すれば、
中央は必ず確認に来る。

――本当に、
この家は
“問題がない”のか。

到着した監察官は、
三人。

いずれも、
中央官庁の人間だ。

身なりは地味だが、
目だけが鋭い。

「アークトゥルス侯爵、
ご多忙のところ
失礼する」

「構わん」

応対は、
淡々としている。

だが、
その場に
タニアが同席していることに、
監察官の一人が
わずかに眉を動かした。

「……夫人も?」

「必要な場だ」

アークは、
短く答える。

それだけで、
十分だった。

監察は、
形式的なものから始まる。

帳簿。
報告書。
領内の治安。

質問は、
淡々としている。

だが――
狙いは、
別にある。

「留守中の屋敷運営は、
どなたが?」

「私です」

タニアが答える。

「侯爵夫人が?」

「はい」

監察官は、
少しだけ笑った。

「下賜で迎えられたと
聞いておりますが」

その言葉は、
探りだ。

――価値を、
測っている。

タニアは、
表情を変えない。

「事実です」

「それでも、
この采配ですか」

「必要でしたので」

「……必要?」

「侯爵が
戦場におられる間、
屋敷を回す者が」

簡潔だ。

余計な誇張は、
しない。

「能力があると?」

「結果が、
示しています」

監察官は、
一瞬黙り、
帳簿に目を落とす。

否定できない。

数字は、
正直だ。

午後、
使用人への聞き取りが行われる。

緊張が走る。

だが、
混乱は起きない。

答えは、
揃っていた。

「奥様の判断は、
分かりやすい」

「不正が、
減りました」

「屋敷が、
落ち着いています」

それらは、
仕込んだ言葉ではない。

実感だ。

夕刻。
監察官たちは、
一度部屋を辞した。

結果は、
明日告げられる。

夜、
タニアは
一人で考える。

もし、
中央が
この状況を
“危険”と判断したら。

下賜された女が、
力を持ちすぎている――
そう見られたら。

切られるのは、
自分だ。

だが、
恐れはない。

彼女は、
すでに
一つの価値を
再定義している。

――下賜された女

使い捨て、ではない。

――下賜された女

使える資源だ。

翌朝。

監察官の代表が、
静かに告げる。

「アークトゥルス侯爵家に、
問題はありません」

それは、
合格の言葉だ。

だが、
続きがあった。

「そして……」

視線が、
タニアに向けられる。

「侯爵夫人の存在は、
家の安定に
寄与していると
判断します」

空気が、
一瞬止まる。

それは、
中央からの承認だった。

アークは、
何も言わない。

ただ、
タニアを見て、
小さく頷いた。

夜。
二人きりになった時、
彼は言う。

「価値は、
証明されたな」

「一時的です」

「それでもいい」

タニアは、
静かに答える。

「価値は、
更新し続けるものですから」

婆になる前に、
嫁に行った。

それは、
逃げではない。

自分の価値を
再定義するための
一手だった。

そして今、
その定義は――
中央にまで
届いた。

物語は、
終盤へ向かう。

次に問われるのは、
彼女が
どこまで行くのか。

タニア自身も、
それをまだ
知らない。
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