「元婚約?最初からあなたなんか蚊帳の外ですのに、婚約破棄ですか?」

ふわふわ

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1章

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 穏やかな午後の日差しが差し込む王宮の中庭を、フォウ・シックスはゆっくりとした足取りで歩んでいた。彼女のドレスは淡いグレーがかった紫色で、控えめながらも上品な輝きを放っている。周囲では噴水の水音がやわらかく響き、小鳥たちが低い声でさえずっていたが、彼女の心にはまるで別の旋律が流れている。

(……セブン様は、今日はお出ましになっているかしら)

 フォウの唇にはほのかな笑みが浮かんでいた。けれど、それは噴水の水面に映る彼女自身の瞳の輝きほど、はっきりとしたものではない。
 この日、彼女は第二王子ニーノとの婚約について正式に話し合うため、王宮へと足を運んでいた。王家と公爵家という立場を考えれば、ごく自然な流れの縁談だろう。世の中の多くの令嬢たちにとっては、王子との婚約こそ身分の上昇を約束された最高の名誉と言っても過言ではない。
 しかしながら、フォウの胸中にはほとんど高揚感というものがない。むしろ――軽い失望すら感じているのが正直なところだ。
 なぜなら、彼女が真に心惹かれている相手はニーノではなく、まだ七歳の少年王子であるセブンだからだ。王宮に生まれながら、幼くして驚くほどの理知と気品を兼ね備えた不思議な少年。フォウはその整った顔立ちも愛らしい笑顔も好きだったが、何よりも心を奪われたのは、年齢からは想像もつかないほどの落ち着きと洞察力だった。

(噂によれば、セブン様はもうすぐ八歳を迎えるとか……ああ、成長を見守るだけでも幸せですわ)

 幼い子どもを愛でるというよりも、フォウにはそこに特別な“ときめき”があった。世間一般の感覚から見れば、少しズレているのかもしれない。だが彼女にとって、この心の内なる情熱はなにより本物だった。
 そんな秘密の想いを抱えたまま、フォウは王宮内を進んでいく。すると、少し離れた場所から、自分を呼ぶ声が聞こえた。振り返れば、きっちりと金髪を整え、豪奢な襟付きの上着に身を包んだ二十代半ばの青年――第二王子ニーノが立っている。
 ニーノはフォウを見つけるやいなや、一歩ずつ早足で近づいてきた。その顔には、どこか自信満々な表情が浮かんでいる。彼が他人に向ける笑みは、一見すれば優雅そうに見えるが、フォウからすれば軽薄にしか映らないのが正直なところだ。

「おい、フォウ。こんなところで何をしているんだ? 今日は正式に婚約について話し合うってことで呼び出したのに、王のもとへ行こうとしないとは……まさか忘れてはいないだろうな?」

 ニーノは口端を歪め、まるで「どうせ自分に惚れているのだろう」という前提を押しつけるように話す。彼にしてみれば、フォウ・シックスは有能な公爵家の令嬢であり、政略結婚相手として申し分ない存在――という程度の認識なのだろう。
 だがフォウはそんな彼を横目でちらりと眺め、少し冷たい声音で返事をした。

「忘れるわけがありませんわ。でも、わたくしはまだ呼び出しのお時間まで余裕があると伺いましたので、少しだけ中庭を散策していたのです」

 本当は、セブンがここを通りかかるかもしれない、と淡い期待を抱いての散策だった。もちろん、そんな思惑をニーノに打ち明ける気などさらさらない。フォウの声には、どこかニーノを遠ざける気配が含まれていた。

「……そうか。まあいい。とにかく、俺としては今すぐ婚約破棄を――」

 ニーノが言いかけた言葉に、フォウは眉をひそめる。今、彼は何と口にしようとしたのだろう。
 婚約破棄? 彼の性格を考えれば、周囲に聞かせつけるような言葉選びをするとは思えないが、いったいどういうつもりなのか。
 しかし、ニーノはそこで言葉を飲みこみ、ちらりと左右を確認する。その様子にフォウは薄々感じ取った。――これは、二人きりで話したいのだな、と。

「フォウ。ちょっと、あそこに座ろう。俺とお前で話し合うことがある」

 ニーノが促したのは、噴水の周りに設けられた大理石のベンチだった。華麗なレリーフのある背もたれを見れば、どれほどの職人が手間暇をかけたかがわかる。フォウは仕方なく、そのベンチへと歩み寄る。
 座ると同時にニーノが口を開く。まるで早く話を終わらせたいと言わんばかりに、言葉を畳みかけてきた。

「……俺は、どうもお前の態度がおかしいと思っていた。婚約者だというのに、いや婚約前の段階だとしても、普通はもう少し俺に興味を示すものじゃないのか?」

「興味、ですか?」

 フォウは少しだけ首をかしげる。しかし、その様子を見たニーノの表情は急速に険しくなっていく。

「そうだ。俺がお前の元へ顔を見せても、まともに会話をしようともしない。お前がどんな本を読んでいるか尋ねても、“別に大したことではありませんわ”としか返ってこない。服装を褒めても、“ありがとうございます”だけ。……お前は本当に、俺との結婚を望んでいるのか?」

「私は、公爵家の令嬢として責務を果たすだけですわ。政略的に決まった婚約と聞いておりますし、私情を挟まずに振る舞うのは当然かと思いますが」

 フォウが涼やかな声で言うと、ニーノのこめかみがぴくりと動いた。どうやら彼は、もっと自分に惚れ込んでいる令嬢を望んでいるらしい。そういう女性であれば、どんな些細な言葉でも喜んで反応してくれるだろうし、彼の自尊心を満たすだろう。
 フォウは内心でため息をつく。ニーノが求めているのは“本物の愛”などではない。ただ、彼を称賛し、気持ちよくさせてくれる“都合のいい相手”なのだ。

「そうか、やはりお前は俺に興味がないんだな。……それなら、俺も決心がつくというものだ」

 ニーノはわざとらしく小さく笑い、まるで待ちかねていた結論を出すかのように、フォウに正面から向き直った。

「フォウ・シックス。ここでお前に告げておく。……俺はお前との婚約を破棄する。理由は簡単だ。お前がまったく俺に関心を示さないから。そして、俺を心から慕ってくれる別の令嬢がいるからだ」

 ニーノの言葉を聞いた瞬間、フォウはほんの一拍だけ思考が停止した。まさかこんなにあっさりと“婚約破棄”を宣言するとは、正直予想外だったからだ。
 だが、その一瞬の後、彼女の胸にふわりと嬉しさが込み上げる。ニーノとの婚約から解放される――それはすなわち、心置きなくセブン王子を愛でる日々を過ごせる、ということを意味するからだ。

「……そうですか。それならば、私は異議ございません。もともと、あなたに興味はありませんでしたし」

 フォウがあっさりと答えると、ニーノは目を見開いた。彼はてっきり、フォウがショックを受けたり動揺したりするだろうと踏んでいたのだろう。それどころか、目の前の令嬢は何かを噛み殺すように笑みを浮かべているようにさえ見える。

「なっ……!? お、お前、普通はもっと……感情を出すものじゃないのか?」

「感情……そうですね。もし私があなたに恋をしていたら、今頃は涙を流して泣き叫んでいたかもしれませんわ。残念ながら、私はあなたに一度もときめいたことがありませんので」

 フォウの冷ややかな返答に、ニーノは言葉を失った。いつもなら彼に言い寄る令嬢が少なくないはずなのに、彼女だけはまったく違うのだ。
 このとき、ニーノは胸の奥に奇妙な不快感を覚え始めた。自分が相手から完全に無視されているかのような、そんな不快感。しかし、彼がその感情を十分に整理することはできない。
 フォウはすぐに立ち上がり、スカートの裾を揃えて一礼する。

「わざわざご報告ありがとうございました。では、私にはこれから楽しみな用事がございますので、失礼いたしますわ」

 フォウの言う「楽しみな用事」とは、もちろんセブン王子を探しに行くことだ。ニーノなど初めから頭数に入っていない。婚約破棄を切り出されるより前から、むしろ心はずっとセブンに向かっていたのだ。
 残されたニーノは、ポカンと口を開け、ベンチの上で呆然としている。その胸には、なぜか敗北感にも似た重苦しさが広がっていた。
 一方、フォウは軽やかな足取りで噴水広場を去っていく。明るい日差しの中、そのドレスの裾が揺れながら高揚感を表すかのように踊っていた。

(……本当にこれでいいのかしら。いいえ、いいのです。だって――セブン様がいらっしゃるのですもの)

 心の中でそう確信すると、フォウは微笑んだ。婚約破棄だなどと騒がれるかもしれないが、彼女にとってはむしろ最高の状況だ。
 まだ七歳のセブン王子を、一人の男性として静かに想い続ける。年の差も常識も飛び越えた自分だけの恋こそ、彼女の生きる希望といっても過言ではなかった。
 こうして、公爵令嬢フォウ・シックスは婚約破棄を受け入れるどころか、心底歓迎した。第二王子ニーノからすれば、まさかのリアクションだったろうが、彼女にしてみれば「ようやく、枷が外れた」というところなのだ。

 ――このとき、まだ誰も気づいていなかった。わずか七歳ながら周囲を驚かせる聡明さを持つセブン王子が、やがて王国の命運を左右する存在になることを。さらには、同じく“ショタ”に目がない令嬢がもう一人、密かに動き始めようとしていることなど。
 すべては、この夏の始まりの午後から回り始める。繊細な恋心と、王族の権力争い、そして奇妙な愛情が絡み合う物語が――いま、幕を上げたのだ。


 王宮の噴水広場から立ち去ったフォウ・シックスは、胸の奥にふわりと広がる解放感を噛みしめていた。先ほどニーノ王子から一方的に突きつけられた婚約破棄。それは貴族社会では大事件ともなり得るが、彼女にとってはむしろ望外の好機にほかならない。
 なぜなら、第二王子とのしがらみから解放されれば、あの愛しき“セブン王子”へ思う存分気持ちを寄せることができるからだ。もちろん、表立って言えることではない。10歳近くも年の離れた男児に恋心を抱くなど、常識的にはあり得ないとされている。しかし、フォウにとってはその常識のほうがむしろどうでもいい。想いの前には、年齢差など取るに足らない問題にすぎないのだ。

「さて……セブン様は、どちらへいらっしゃるのかしら」

 フォウは石畳を行き交う侍女や近衛兵に目をやりながら、そっと口元に手を当てる。ときおり姿を現す騎士や官吏たちは、彼女に対して恭しく礼をとったり、何か言いたげな視線を送ってきたりするが、その意図は分かりきっている。
 ――王子との婚約破棄を告げられた公爵令嬢は、どういう心境なのだろうか。周囲はきっと、そのスキャンダルに興味津々なのだろう。だが、フォウの内心は晴れやかそのものだ。王族の威光や富貴の恩恵を逃したと嘲られるなら、それはそれで構わない。むしろ、堂々とセブン王子に想いを向けることができるのなら、これ以上の喜びはないのだから。

 そんな考えを巡らせながら歩いていると、フォウは遠くの回廊から聞き覚えのある声を聞いた。それも一人ではなく、二人の声が交差している。
 一つは、つい先ほど別れたばかりのニーノ王子のもの。もう一つは、女性のはきはきとした響きを伴った声だった。少し身をかがめ、視線を回廊の先へやると、そこにいたのは――。

「アミリア・グレイス……?」

 フォウが小さく呟くその先では、ニーノがアミリアと親しげに言葉を交わしていた。アミリアは侯爵令嬢であり、社交界の中でも「可憐さ」を武器に多くの若い貴公子を虜にしているという噂だ。だが彼女が王族に近しい立場になりたいと望むあまり、王宮で顔を合わせる機会も増えていた。
 今の会話の内容までは聞き取れなかったが、どうやら二人はなかなかに打ち解けた様子。アミリアが楽しそうに微笑む一方で、ニーノが彼女の手を上品に取る姿が見えてくる。

(ふふ……あの方が、ニーノ様のおっしゃっていた“新しい婚約者”なのですね)

 フォウは思わず、ほんの少し口元をゆがめた。先ほどニーノが告げた婚約破棄の理由は「俺に関心を示さないお前より、心から慕ってくれる令嬢がいる」というもの。その「慕ってくれる令嬢」が、彼女の前に姿を現したわけだ。
 アミリアは決して悪名高い令嬢というわけではない。しかし、その明るく可愛らしい性格とは裏腹に、したたかな部分を持つという噂もある。実際、ニーノへ大胆に接近し続けたことが婚約につながったのだと、王宮関係者が裏で囁いていた。

「まあ、どうぞお幸せに、といったところですわね。わたくしとは、もう関わりのないことですし」

 小声でそう漏らし、フォウは再び歩き出そうとする。だがそのとき、アミリアが視線をこちらへ向けていることに気づいた。目が合った瞬間、アミリアがやや気まずそうに微笑むのが見える。ニーノのほうも、一拍遅れてフォウの存在に気づき、やや顔をしかめた。
 婚約破棄を言い渡したばかりの相手と、堂々と新しい恋人候補(あるいは婚約者)と話している――視線が刺さるのも当然かもしれない。周囲にほかの貴族や侍女がいたら、きっと面白おかしく噂を立てるだろう。

「……行きましょう、ニーノ様。わたくし、あなたと今後のことをもっと語り合いたいのです」

 アミリアはそう言ってニーノの手を引いた。彼女の声には上品さを装いながらも、はっきりとした主張が感じられる。ニーノは、少しだけフォウに気まずそうな視線を残してから、アミリアとともに回廊の先へと姿を消していった。
 その後ろ姿を見送りつつ、フォウは改めて思う。――自分は彼らの“蚊帳の外”で十分。何せ、自分が本当に求めるものはそこにはないのだ。

「それよりも……セブン様はいらっしゃるのかしら」

 そう呟きながら、フォウは王宮の西側にある中庭へ向かうことにした。そこにはセブンが専用にしている小さな温室がある。彼は植物や小動物にも興味があり、よくそこで穏やかな時間を過ごすと聞いているからだ。
 西側の回廊を抜け、古い石造りのアーチをくぐると、ほどなくして温室のガラスドームが見えてきた。まばゆい日差しが降り注ぎ、ガラス越しに緑がうっすら揺れているのが分かる。そこでフォウは足を止め、小さく胸を弾ませた。

(いらっしゃるかしら……どんな表情で、どんな本を読んでいるのかしら)

 期待に胸を膨らませながら、静かにドアを開ける。中に入ると、ふわりと温かい空気が体を包んだ。花や土の香りが混ざり合い、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚を覚える。
 そして、ドームの奥――木の机と椅子が置かれた一角に、彼はいた。薄手のマントを羽織り、分厚い書物を開いている小柄な後ろ姿。羽ペンを走らせながら、何やら書き込んでいるようだ。
 フォウの鼓動が一瞬跳ね上がる。ここ数日の鬱屈がすべて吹き飛ぶような、甘い高揚感。小さく息を整えてから、彼女はそっと足音を忍ばせ、席の近くへ歩み寄る。

「……セブン様、ご機嫌よう。何を読んでいらっしゃるのですか?」

 呼びかけると、少年は静かに振り向いた。セブン・リヒト・グランディス――年端もいかない王子とは思えぬほどの落ち着きを湛えた瞳が、フォウを見つめる。
 その表情は穏やかだが、どこか思索的な空気をまとっている。それこそが彼の持つ独特の魅力。幼くして聡明でありながら、どこか儚さを感じさせるのだ。

「フォウお姉様。こんにちは。今日は一段と早いご来訪ですね。……今は、古代語で書かれた植物学の書を読んでいました。最近、この温室で育てている花についてもっと知りたくて」

 セブンが開いている本の文字は、一般の貴族令嬢ですら読解が難しいと言われる古代語だ。それを難なく読破してしまう7歳児――その天才ぶりを思えば、感嘆の声を上げるしかない。
 フォウは微笑みを返しつつ、椅子の近くで姿勢を正した。視線を落とした先には、きれいに書き込まれたメモや簡易な植物のスケッチが並んでいる。

「さすがセブン様。私もその分野には少し興味がありますわ。よろしければ、今度ご教授いただけませんか?」

「ええ、僕に分かる範囲なら。いつでもどうぞ」

 セブンは控えめに微笑む。年下の少年がこんなにも落ち着いた対応をするなど、普通はありえない。それが王族の特権的な教育のなせる業なのか、あるいはセブン自身の持つ生まれながらの資質なのかは分からない。
 フォウはそっと胸の奥で歓喜を覚える。政略のための形式的な会話ではなく、心から通じ合う会話ができるこの時間こそ、彼女の求めるもの。年齢の差も立場の違いも関係なく、“フォウとセブン”として向き合える、唯一の瞬間なのだ。

「ところで、フォウお姉様。今日は……少し浮かれたご様子ですね。何かいいことでもあったのですか?」

 セブンはまるで、大人のような落ち着いた口調でフォウの変化を指摘する。
 その問いかけに、フォウは一瞬どきりとした。ニーノとの婚約破棄を受けたことを、彼にどう伝えるべきか。もちろん王宮内であれば、いずれ噂として自然に伝わるだろう。しかし、今この場所で自分から先に切り出すのはどうなのか――微かな迷いがよぎる。
 けれど、セブンの瞳はまっすぐフォウを見つめている。自分に嘘をついても、すぐ見破られてしまいそうなほどに、その眼差しは澄んでいた。

「……実は、ニーノ様から婚約破棄をされまして。私としては、気が晴れたというと不謹慎かもしれませんけれど……」

 思い切って打ち明けたフォウは、言葉尻を濁す。王族同士の繋がりがあるため、セブンが何か気分を害する可能性もあるかもしれない。
 だが、セブンは眉を少し上げたものの、すぐにゆるやかな微笑みを浮かべる。

「そうですか。ニーノ兄上らしいといえば……らしい決断ですね。けれど、それがフォウお姉様にとって好ましいことであれば、僕は嬉しいです。お姉様が無理に悲しむ必要などないと思いますよ」

 その口調はまるで年上からの気遣いのようだった。フォウは思わず胸がいっぱいになる。誰よりも幼いはずの少年が、こんなにも人の心を察して優しい言葉をかけられるとは――。
 彼女の中で、セブンへの想いはさらに深まっていく。思わず頬が熱くなりそうになるのをこらえながら、フォウは少し姿勢を正して言葉を返した。

「ありがとうございます、セブン様。そう言っていただけると、私も救われます。……これからも、よろしければこうしてお話をさせてくださいませ」

「もちろん。僕も、お姉様とお話しするのは嫌いではありませんから」

 ――まるで何かを誓い合うような、その穏やかな空気。フォウは、ニーノとの煩わしい縁から解放された今こそ、本当の“愛を注ぐ対象”に全力を注げると確信した。
 そして同時に、まだ言葉にはしないものの、胸中ではすでに決めている。いつの日かセブンが成人し、王族として華々しく成長を遂げた時、堂々と自分の気持ちを伝えられるように――それまで、彼女はひたむきに“お世話”をしながら心を寄せ続けるつもりなのだ。
 とにもかくにも、フォウにとって今は最高のタイミング。だが、何も知らない彼女は、これから起こるさらなる波乱にまでは思い至っていない。
 ニーノの軽率な婚約破棄、そしてアミリアの秘めたる本音――“隠れショタ”としての彼女の真意が、この王宮を揺るがす日がすぐそこまで迫っているのだから。
 だが、そんな嵐の気配すら感じさせない温室の静寂が、フォウとセブンを優しく包んでいた。クラシカルなガラスのドームを通して、陽の光が透き通るように照らす中、フォウは心の底から幸せを噛みしめる。

 ――こうして、公爵令嬢フォウ・シックスの新たな日々が始まる。
 婚約破棄を言い渡された少女と、7歳にして大人びた王子。その奇妙な組み合わせこそが、のちに大きな運命の歯車を回し、王宮の人間関係を激しく動かす要因になるとは、まだ誰も知らない。
 今日、王宮の温室で交わされたささやかな会話は、その大きな流れのほんのさきがけにすぎないのだ――。

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