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第33話 忘れられていく王子の名
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第33話 忘れられていく王子の名
王都の掲示板に貼られる紙の内容が、
いつの間にか変わっていた。
かつては――
王太子の動向。
宮廷内の権力争い。
誰が失脚したか。
今は違う。
新しい市の開催日。
交易路の安全確保。
職人募集の告知。
人々の関心は、
すでに「誰が上に立つか」から、
「どう生きるか」へと移っていた。
---
城下町の酒場。
「……そういや、
前の第一王子って、
今どうしてるんだ?」
唐突な一言に、
卓を囲む者たちが
顔を見合わせる。
「……さあ?」
「いたな、そんな人」
「名前、
なんだったっけ?」
誰も、
すぐには答えられなかった。
それは、
冷酷さではない。
単純に――
思い出す必要が
なくなったのだ。
---
王宮。
記録官が、
古い書類を整理していた。
「王太子アセルス・アウストラリス……」
声に出して、
首を傾げる。
「失脚、ではない。
追放、でもない……」
「自ら、
退いた……?」
記録の余白には、
そう書き添えられていた。
だが、
理由は詳しく記されていない。
政治的支持を失ったこと。
経済的後ろ盾を断たれたこと。
それらは事実だ。
だが、
決定打は一つではなかった。
――誰も、
彼を必要としなくなった。
それだけだ。
---
一方、
王宮の別の一室。
マリー・アウストラリスは、
新たに提出された
人事案に目を通していた。
「旧王太子派の者たち……
地方行政に配置転換、と」
宰相が補足する。
「能力はあります。
使わぬ理由がありません」
マリーは、
静かに頷いた。
「ええ。
“誰の部下だったか”で
切り捨てるのは、
合理的ではありません」
「……反発は?」
「ありませんわ」
それが、
すべてを物語っていた。
---
アルファルド公爵邸。
シャウラは、
届いた招待状を
何枚かまとめて置いた。
「……最近、
王子の名前が
出なくなりましたわね」
侍女が、
控えめに言う。
「そうですか?」
シャウラは、
本を閉じる。
「気にしたことも
ありませんでしたわ」
それは、
強がりでも、
皮肉でもない。
本心だった。
失ったものがない以上、
執着する理由もない。
そして、
その姿勢こそが――
周囲にとって
最も明確な“終わり”の合図だった。
---
地方都市。
商人たちの間でも、
話題は完全に変わっていた。
「新女王、
話が早いな」
「聖女が前に出ないのも
助かる」
「……そういや、
あの聖女、
最近見ないな」
誰かが言う。
「王太子と婚約するとか
言ってた娘だろ?」
「ああ……」
しばし沈黙。
「……まあ、
いいか」
その一言で、
話題は終わった。
---
夜。
マリーは、
窓辺に立ち、
王都の灯りを見下ろしていた。
(名前が消える、
というのは……)
(処罰よりも、
残酷なのかもしれませんわね)
だが、
それを選んだのは
自分ではない。
彼自身だ。
「……国は、
前に進んでいます」
そう呟き、
カーテンを閉じる。
---
この日、
誰かが命じたわけではない。
だが確かに、
一つの時代が
静かに終わった。
王太子アセルス・アウストラリス。
その名は、
王国の人々の記憶から――
ゆっくりと、
自然に、
消え始めていた。
王都の掲示板に貼られる紙の内容が、
いつの間にか変わっていた。
かつては――
王太子の動向。
宮廷内の権力争い。
誰が失脚したか。
今は違う。
新しい市の開催日。
交易路の安全確保。
職人募集の告知。
人々の関心は、
すでに「誰が上に立つか」から、
「どう生きるか」へと移っていた。
---
城下町の酒場。
「……そういや、
前の第一王子って、
今どうしてるんだ?」
唐突な一言に、
卓を囲む者たちが
顔を見合わせる。
「……さあ?」
「いたな、そんな人」
「名前、
なんだったっけ?」
誰も、
すぐには答えられなかった。
それは、
冷酷さではない。
単純に――
思い出す必要が
なくなったのだ。
---
王宮。
記録官が、
古い書類を整理していた。
「王太子アセルス・アウストラリス……」
声に出して、
首を傾げる。
「失脚、ではない。
追放、でもない……」
「自ら、
退いた……?」
記録の余白には、
そう書き添えられていた。
だが、
理由は詳しく記されていない。
政治的支持を失ったこと。
経済的後ろ盾を断たれたこと。
それらは事実だ。
だが、
決定打は一つではなかった。
――誰も、
彼を必要としなくなった。
それだけだ。
---
一方、
王宮の別の一室。
マリー・アウストラリスは、
新たに提出された
人事案に目を通していた。
「旧王太子派の者たち……
地方行政に配置転換、と」
宰相が補足する。
「能力はあります。
使わぬ理由がありません」
マリーは、
静かに頷いた。
「ええ。
“誰の部下だったか”で
切り捨てるのは、
合理的ではありません」
「……反発は?」
「ありませんわ」
それが、
すべてを物語っていた。
---
アルファルド公爵邸。
シャウラは、
届いた招待状を
何枚かまとめて置いた。
「……最近、
王子の名前が
出なくなりましたわね」
侍女が、
控えめに言う。
「そうですか?」
シャウラは、
本を閉じる。
「気にしたことも
ありませんでしたわ」
それは、
強がりでも、
皮肉でもない。
本心だった。
失ったものがない以上、
執着する理由もない。
そして、
その姿勢こそが――
周囲にとって
最も明確な“終わり”の合図だった。
---
地方都市。
商人たちの間でも、
話題は完全に変わっていた。
「新女王、
話が早いな」
「聖女が前に出ないのも
助かる」
「……そういや、
あの聖女、
最近見ないな」
誰かが言う。
「王太子と婚約するとか
言ってた娘だろ?」
「ああ……」
しばし沈黙。
「……まあ、
いいか」
その一言で、
話題は終わった。
---
夜。
マリーは、
窓辺に立ち、
王都の灯りを見下ろしていた。
(名前が消える、
というのは……)
(処罰よりも、
残酷なのかもしれませんわね)
だが、
それを選んだのは
自分ではない。
彼自身だ。
「……国は、
前に進んでいます」
そう呟き、
カーテンを閉じる。
---
この日、
誰かが命じたわけではない。
だが確かに、
一つの時代が
静かに終わった。
王太子アセルス・アウストラリス。
その名は、
王国の人々の記憶から――
ゆっくりと、
自然に、
消え始めていた。
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